コラム

2019/03/11
【その他】診察シュミレーション・突発性難聴・-2

Ⅲ、先ずはA子さんが「突発性難聴」になってしまった原因を探る為に、寝不足・ストレス・発症してからの3週間での症状の変化について質問してみたところ、次のような答えが返ってまいりました。

 

①6ヶ月前に第一子を出産し、夜泣きが酷く睡眠不足になっている。

②ストレスは育児によるストレスが殆んどである。

③発症してから3週間で、たまに調子のいい時もあるがイライラすると症状が悪くなる。

 

Ⅳ、次に育児・家庭環境・本人の性格、について質問したところ次のような答えが返ってきました。

子育てについては、出産前から色々な本を読んで勉強をしていたが、実際に育ててみると本の通 りにはいかず、自分は母親として失格などと考えてしまい落ち込んだりイライラしたりする。

ご主人は現在単身赴任中で、お互いの両親も遠方に住んでいるため、子育てはA子さんが全て一人でしている状態。

性格は友人からよく「細かい」「完璧主義」と言われる。

 

Ⅴ、次に発症する前に耳について何か症状があったか質問してみたところ次の答えが返ってきました。

発症する少し前から「キーン」という高い耳鳴りと、耳の周りに張ったような感じがあった。

これらの症状は出産前にはなかった。

 

?、次にその他の「突発性難聴」の原因について質問してみたところ次の答えが返ってきました。

① 偏食はなく、食事の量や栄養はバランスよく摂るように注意している。

③ 過去に重い病気や長患いの経験は無い。

④ 出産後、性行為等は行っていない。

⑤ 特に過労ということは無い。

 

?、質問表にあった症状について詳しく質問したところ、次の様な答えが返ってまいりました。

① 頭痛については、イライラしたり、怒ると側頭部が張った様に痛む。

② めまいについても頭痛と同様にイライラすると起こる。

③ 食欲については以前は普通であったが、最近になって食欲が無くなった。

④ 便秘傾向については、子供の頃から便秘がちで試験の前などによく便秘をした。

便意はあるが排便できない。便自体は細くはない。

⑤ 食欲不振以外の症状は出産前からあった。

 

?、最後に随伴症状について質問をしたところ、患者さんからは次のような答えが返ってきました。

口が苦いことがある・咽が渇き、冷たい物が飲みたくなる・胸の脇が張る感じがする。

疲れやすくは無い・むくみも無い・手足のだるさもない・痰も無い。

膝や腰もだるくない・小水の回数も普通・性機能低下も無い。

動悸・不眠・健忘・息切れ・風邪をひきやすいこともない。

 

 以上が今回の問診の患者さんの答えです。

 

?、最後に舌診と脈診をしました。

舌は紅く、裂紋といって舌の中央に亀裂の様なスジがあり、脈は弦を弾く様に触れ、速い。

 

 では、患者さんの答えや、脈・舌から、治療者がどの様に弁証を立てるのか又、治療者の頭の中を覗いてみましょう。

 

【3-1寝不足・ストレス・発症してからの3週間での症状の変化・性格についての問診】

寝不足の原因はお子さんの夜泣きによるものでした。また、ストレスの原因は育児によるものとの事です。

夜泣きによる睡眠不足は新たににストレスを生むでしょうし、A子さんは育児によるストレスをかなり受けていると考えられます。

又、ストレスとA子さんの「突発性難聴」は関係があるようです。

その事を表わしている答えが、[イライラすると症状が悪くなる。]になります。

育児についてのストレスは、子育て中のお母さんなら誰でも抱えております。

しかし、その度合いは家庭環境や個人の資質により、かなりの違いがあります。

 

 そこでA子さんがどれだけストレスの影響を受けやすいのかを探る質問を次にしてみました。

 

【3-2育児についてと家庭環境についての問診】

出産前に子育ての本を色々読んでいることから、A子さんは子育てへの関心は高い方のようです。

おそらく彼女は出産前に、子育てについて理想的なイメージを作り上げていたのだと思います。

しかし、現実には本のようにはいきません。普通の方なら現実を受けとめるのですが、完璧主義のA子さんはそれが許せず、ストレスへと変わっていってしまったのでしょう。

又、ご主人様は単身赴任・ご両親は遠方で暮らしているため、毎日理想と現実のギャップに1人で戦っていたことは容易に想像できます。

これでは大きなストレスがA子さんにのしかかってきてしまいます。

 

 次に、実際にストレスが「突発性難聴」の発病になったのかを確認する質問をしてみました。

 

【3-3発症する前の耳の症状についての問診】

発症する少し前から「キーン」という高い耳鳴りと、耳の周りに張ったような感じがあった。

A子さんは上記の様に答えています。

この症状はストレスが原因であることの可能性を高めてくれる答えになります。

耳鳴りには「ジー」といったセミの鳴くような低音のものと、「キーン」という高音のものの2種類があります。

「ジー」といった低音のものは、老化などによる「腎」に関わる耳鳴りのケースが多く、「キーン」といった高音のものは、ストレスなどによって「気」の滞りが起こり、「肝」に関わりのあるケースが多く発症いたします。

中医学では強いストレスを受けたり、長期間にわたりストレスにさらされると、「気」が滞ってしまいます。又、ストレスによって損傷を受けやすい臓器が「肝」であります。

更に、表裏関係といい「肝」と「胆」は深く関係をしております。

ですから、「肝」が損傷を受けると「胆」に影響がでることがよくあります。

側頭部や耳の周りには「胆」と関係がある経絡が通っております。

経絡とは気血の流れる通路ですから、ストレスによって「肝」が損傷を受けたことにより、「胆」の経絡で気の滞りが生じることもよくあります。

その結果、耳の周りに張ったような感じを受けることがあります。

A子さんも「突発性難聴」を発症する前に、耳の回りに張ったような感じや高音の耳鳴りを経験しております。

これらは何を意味するかと言うと、育児によるストレスにさらされた結果 、「胆」の経絡で「気」の流れに滞りが起こり張ったような感じや耳鳴りをもたらしました。

更にストレスは軽減されず、そのままストレスにさらされたことにより「突発性難聴」を発症させた可能性が高いということです。

 

さらにA子さんは「これらの症状は出産前にはなかった。」と言っております。

これは、これらのストレスが出産後にA子さんを襲ったことの可能性をしめしております。

具体的には育児によるストレスと考えていいでしょう。

ここまで問診が進むとストレスによる「突発性難聴」の可能性が高くなってまいりました。

しかし、これだけで病気の原因を決定してはいけません。

次にその他の「突発性難聴」の原因となる事柄について質問をしてみます。

 

【3-4その他の「突発性難聴」の原因となる事柄についての問診】

ストレス以外の原因について問診をしたところ、全ての事柄は関係ないことがわかりました。

これでストレス以外の病気の原因が否定されましたので、A子さんの「突発性難聴」の原因がストレスであると断定できました。

 

中医学では、過度や長時間にストレスにさらされると、「肝」が損傷を受けます。

次に「肝」の影響が現れるのが「脾・胃」に多いとも考えます。

ですから、これ以降は、A子さんは「肝」や「脾・胃」を損傷されている可能性があることを頭に置いて問診を行わなければなりません。

 

 では、次にA子さんの体質についても質問してみましょう。

この質問では、A子さんの体質を把握する目的と病気の原因である「ストレス」の裏付けをしてゆきます。

 

【3-5質問表にあった症状についての問診】

① 便秘傾向については、ウサギの糞みたいにコロコロして乾燥している。細くはない。

子供の頃から便秘がちで試験の前などによく便秘をした。

② 頭痛については、イライラしたり、怒ると側頭部が張った様に痛む。

③ めまいについても頭痛と同様にイライラしたり怒ったりすると起こる。

④ 食欲については以前は普通であったが、最近になって食欲が無くなった。

食欲不振以外の症状は出産前からあった。

 

これらの症状をみる場合に先ず注意しなければならない事の1つが、これらの症状が患者さんの体質に由来するものか、それとも現症状に由来するものかを判別 しなくてはなりません。

今回注目すべきところは、A子さんの現症状が出産以降に発症しているという点です。

随伴症状を見てみると、「頭痛」「めまい」「便秘傾向」は出産以前から起きております。

これはこれらの症状はA子さんの体質に由来するものと考えられます。

これに対して「食欲不振」は出産後に発症しておりますので、現症状に由来する可能性が高いと言えます。

 

 では、それぞれを見てみましょう。

 

「頭痛」

A子さんの頭痛の特徴は側頭部に張ったような痛みがあることです。

これは言い換えれば、ストレスによる気が滞っておこる頭痛の特徴とも言えます。

〈3-3〉の耳の周りの張り感の説明を思い出して下さい。側頭部の張痛もこれと同じ機序によるものであります。

つまり、ストレスにさらされる事により「肝」が損傷され、「肝」と表裏関係のある「胆」の経絡に気の滞りが起こります。

胆の経絡は側頭部を通りますので、側頭部に張ったような痛みが現れます。

ですから、イライラしたり、怒ると側頭部が張った様に痛むのです。

 

「めまい」

めまいが起こる原因も様々です。例えば、「脾」に損傷があると気血が作られなくなり「めまい」が生じます。

又「腎」に損傷があってもエネルギー不足が起こり「めまい」が起こります。

では、A子さんの場合はどうでしょう。

ヒントはイライラしたり怒ったりすると発症する点です。

A子さんの「めまい」は、ストレスより「肝」が損傷を受け、肝の気が滞ることにより熱が産まれ、その熱の影響で「めまい」が生じております。

 

「便秘」

便秘を起す原因には、エネルギー不足(気虚)・ストレス・冷え・熱など様々です。

熱による便秘は辛い物の食べ過ぎで起こります。先程の問診でA子さんは食べ物には 気をつけていると言っておられました。

A子さんの性格等を考慮しても、かなり気を付けていると思われますので、辛い物の食べ過ぎによる便秘は否定できると思います。

次に冷えによる便秘は、老人や虚弱体質の方で身体を温めるエネルギーの無い、「虚症」タイプの方に多く、A子さんには当てはまりません。

さて、A子さんは「便意はあるが排便できない」と言っておられます。

これは、「気虚」や「ストレス」による便秘の特徴です。更に、便は細くないそうです。

細い便は「気虚」による便秘の特徴ですし、やはり「気虚」の便秘は虚症のタイプの方に多くみられます。

次にA子さんは「子供の頃から便秘がちで試験の前などによく便秘をした。」とも言っております。

これは、試験というストレスにより便秘が起きていたと考えられます。

以上を総合するとA子さん便秘はやはり「ストレス」によるものと考えてもよいでしょう。

 

A子さんの、「頭痛」「めまい」「便秘」をみてみると、ストレスの影響をかなり受けているのは明らかです。

このことはA子さんの体質がストレスを産みやすかったり、ストレスの影響を受けやすいということを表わしています。

次に「食欲不振」についてですが、これは出産後から現れた症状ですから、現症状に由来する可能性が高いわけです。

「食欲不振」と関係が深い臓腑は「脾」「胃」「肝」があります。

一般的に食欲不振は「脾」「胃」の損傷が起きた場合に多くみられます。

又、「肝」の働きの1つに疏泄があり、「気の流れ・消化・精神安定」などを促進させております。

「肝」が損傷を受けることにより、疏泄作用の低下が起こり、食欲不振が起こることもあります。

五行説では「肝」は『木』に属し、「脾・胃」は『土』に属します。

木は土から養分から奪う関係ですので、「肝」が損傷を受けると続いて「脾」が損傷を受けることがよくあります。

(現代医学でいう、「過敏性大腸炎」などがこれに当たります)

今の段階では、A子さんの場合、ストレスにより「肝」が損傷し、続いて「脾」にも影響が及んだ可能性もありますし、「肝」だけの可能性の両方あります。

 

そこで、次にどの臓腑が損傷を起しているのかを判断し、最終的な弁証を立てます。

 

【3-6随伴症状についての問診】

随伴症状について質問したところ、

口が苦い・咽が渇き、冷たい物が飲みたくなる・胸の脇が張る感じがする。

むくみも無い・手足のだるさもない・痰も無い。

膝や腰もだるくない・小水の回数も普通・性機能低下も無い。

動悸・不眠・健忘・息切れ・風邪をひきやすいこともない。

との回答でした。

 

 では、それぞれを見てゆきましょう。

 

[口が苦い・胸の脇が張る]

以上の症状は、「肝」が損傷されて、「気」が滞った症状です。

先程も述べましたが、「肝」と「胆」は表裏関係にあり、お互い影響を受けております。

「肝」が損傷を受け「胆」に影響が及ぼすと、口が苦くなったりします。

又、「肝」と関係のある経絡は胸の脇を通ります。ですから、「肝」の気が滞ると胸部に張った感じを受けます。

 

[咽が渇き、冷たい物が飲みたくなる]

咽の渇きは体内に熱があることを意味します。

中医学では熱を「虚熱」と「実熱」に2分します。

『虚熱』とは何らかの原因で体内の水分などが損耗してしまい、冷却効果 が低下してしまい熱症状がある状態です。

特徴は「のぼせ」「寝汗」「頬が赤らむ」などがあります。

A子さんには「のぼせ」「寝汗」はありません。

又、「望診」で述べましたが、顔自体は赤味を帯びているのですが、頬だけが赤いわけではありません。

『実熱』とは体内に何らかの熱源ある熱症状の総称です。

大きな特徴は水分を欲します。A子さんは「冷たい物が飲みたくなる」と言っておりますので、「実熱」と判断できます。

イライラや怒りによって、気が滞ると次に熱化し、それが熱源となって実熱を起します。

「望診」でチェックした「目が充血している」・「顔に赤味がある」といった症状は上記の機序から現れます。

以上の答えから明らかにストレスにより「肝」が損傷され、「気」の滞りが起きているといえます。

 

[むくみも無い・手足のだるさもない・痰も無い]

以上の質問は「脾」についての問診です。

A子さんには「食欲不振」がありましたので、「脾」については念入りにチェックが必要になります。

「脾」の損傷を表わす代表的な症状に「軟便」がありますが、A子さんは便秘傾向ですから、あえて問診で「軟便」は確認する必要はありません。

A子さんには、軟便・むくみ・手足のだるさ・痰、などの「脾」の症状はありません。

更に、「脾」を損傷させる原因である、偏食・長患い・過労ということは無い。

以上のことから、「脾」はまだ損傷されていないと考えていいと思います。

「食欲不振」については、今の段階では先程説明した「肝」の疏泄作用の失調によるものと考えてよいでしょう。

一般的にストレスなどを受けると、食欲が増す方と食欲不振を起す方がおります。

A子さんの場合は後者であったのでしょう。

このように、ストレスなどを受けて食欲不振を起した方全てに、「脾」の損傷があるとは限りません。

しかし、このまま治療をしないで放置していると、「脾」に損傷が及ぶことは十分に考えられます。

又、神経質な性格というのも「脾」を損傷させる原因の1つになりますが、同時に「肝」を損傷させる原因でもあります。

一般的に「脾」が損傷するとエネルギーが作られなくなるので、「虚証」の症状が現れますが、A子さんの場合は「脾」の症状が無く、殆んどが「実証」の症状です。

又、「食欲不振」や「神経質な性格」は「肝」とも関係がありますので、A子さんの場合はこれらは「肝」との係わり合いの方が強いと言えます。

以上の事からも「脾」の損傷は無いと判断できます。

 

このように、確実に注意深く問診を行うことで、損傷を受けている臓腑を見つけ出してゆくのです。

よく、たった一つの症状を聞いただけで、「○○の臓器が虚しています。」などと言う自称「東洋医学の治療家」がおりますが、決してそのように簡単に損傷が起きている臓腑がわかるものではありません。

 

[膝や腰もだるくない・小水の回数も普通・健忘・性機能低下も無い]

上記の質問は「腎」についての問診ですが、A子さんはこれらの症状もありませんし、年齢などを考慮しても「腎」の損傷は無いといえます。

 

[動悸・不眠・健忘・息切れ・風邪をひきやすいこともない]

これらの質問は「肺」と「心」についての問診です。

両臓器とも症状がありませんので、「肺」も「心」も損傷は無いと判断します。

尚、「肺」と「心」については、それ程深く「突発性難聴」には関係しませんので、問診時間の短縮の為に深くは質問しませんでした。

 

以上が臓腑についての問診になります。

 

以上の事から損傷を受けているのは「肝」だけと判断できました。

 

次に、舌と脈をみてみましょう。

A子さんの舌は紅く、裂紋がありました。

舌が紅いというのは体内に熱があることを意味しております。

確かに問診や望診でも熱の症状がありました。

つまり舌が紅いということはこれまでの四診で判断してきた「熱症状」の裏づけになります。

次に裂紋ですが、裂紋は体内の必要な水分が不足すると現れます。

例えば、寝不足をしたり、体内に熱があったりすると、その熱により水分が損耗されてしまいます。

A子さんは、お子さんの夜泣きによって寝不足でしたよね。又、気の滞りによる実熱の症状もありました。

体内の水分が損耗されやすい状況であるのは容易に想像が付きます。

次に脈ですが、弦を弾く様な脈とは「弦脈」と言い、ストレスなどを受け、気が滞った時によく現れる脈であります。

又、脈の速さは、体内の寒熱を表わします。

早い脈は熱を、遅い脈は冷えを表わしますので、A子さんの脈は速くうっておりましたので、やはり熱を意味します。

 

さて、舌と脈をみても、今まで四診で得てきた情報と同じような結果 となりましたので、今までの四診が間違っていないという裏づけになりました。

 

これで、四診により得た情報が整理出来ました。

では、いよいよ最終的な弁証を立ててまいりましょう。

2019/03/11
【内科疾患】尿失禁

~西洋医学編~

尿失禁とは、不随意(意思とは無関係)におしっこが漏れる状態をいいます。

大人になってからの尿失禁は羞恥心にさいなまれ、普段の生活や外出にも自信が持てなくなってしまいます。また、羞恥心や情報不足などによって治療をしない人も非常に多いのではないかとおもわれます。

尿失禁は、日本では約400万人の人が尿失禁で悩まされています。中でも女性の割合は、男性の3倍にもなります。高齢者に多いのですが、10代の女性では15%ぐらいに、40歳以上の女性には2人に1人の割合で尿失禁が見られます。

 

尿失禁の影に怖い病気がかくれているということは比較的に少ないのですが、「生活の質」という観点から考えますと、放っておいて悩み続けるのは苦痛であるかと存じます。

これから、おしっこが排泄されるまでの流れと尿失禁について西洋医学と中医学のそれぞれの考え方から治療まで紹介していきたいとおもいます。

 

<おしっことは>

そもそも、おしっことは一体なんでしょう?

おしっことは食事、水分として体内に取り込んだ物の中の不用物や、人間の生命活動でエネルギーとして使われた物質の老廃物などが血液によって腎臓に運ばれ、吸収、ろ過されたものです。

腎臓で血液から作られる原尿(おしっこの元になる物)の量は一日に180ℓにもなり、ドラム缶 の一本分です。これが100分の1ほどに再吸収ろ過され、残る1~2ℓが実際に出るおしっこになります。腎臓はこれだけの働きをするので、水分バランスをとるのに非常に重要な器官といわれます。

腎臓でできたおしっこは、一分間に1ccという速度で尿管という管の中をたらたらと流れていき、膀胱の中に溜まっていきます。

膀胱は風船のように伸び縮みする器官です。

150~300ml.で軽い尿意を感じ、一般的には300~400ml.ほど溜まるとおしっこにいきます。

我慢をすると500~600ml.くらいまでは溜めることができます。夜間では膀胱が膨らみやすくなり800ml.までは溜めることができます。

膀胱におしっこが300~400ml.溜まると風船をつぶす様に膀胱の壁(筋肉)が収縮してきます。そして、おしっこは膀胱から尿道という管を通 り対外へ排泄されます。

尿道には自動的に動く筋肉と自分の意思でコントロールできる筋肉(尿道括約筋)があり、健康な状態では尿意を感じてもある程度コントロールすることができます。排尿の回数は成人で4~8回が一般 的。

 

このようにして、血液の不用物はおしっことして対外に排泄されることになります。

 

※女性と男性の尿道の違い

女性は尿道の長さは4~5cmで、尿道括約筋が少し弱い。海から近い浜名湖のイメージ

男性の尿道はL字型になっており長さも20cmほどになり、精液も通るため丈夫にできている。海から遠い琵琶湖のイメージ

 

<西洋医学から尿失禁を考える>

 

尿失禁の頻度の多いものとして、腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁があります。その他には機能性尿失禁、溢流性(いつりゅうせい)尿失禁などがあります。

ここでは、特に頻度の多い腹圧性尿失禁を中心にお話しして行きたいとおもいます。

 

○腹圧性尿失禁

 

腹圧性尿失禁とは、咳やくしゃみ、走るなどで腹圧(お腹の中の圧力)が上がってしまったためにおこる尿失禁です。女性特有の症状で男性にはほとんどありません。また、女性の尿失禁の中でも7割ほどを占める症状です。男性におこるのは前立腺の術後などです。

腹圧性尿失禁でも、たまにおしっこが漏れる程度で下着を換える必要もなく生活に支障がない程度でしたら問題はありません。失禁が毎日あったり、下着の交換が必要な状態になったりしましたら治療が必要になります。

症状

――

腹圧性尿失禁の場合、尿意はありません。瞬間的にお腹に力が入ったときにおしっこが漏れる状態です。症状が重くなると歩いているだけでも漏れたり、ちょっと体勢を変えただけでも漏れたりします。

 

原因

――

骨盤底筋や尿道括約筋の収縮(引き締める)力が弱くなり、下がってしまい、膀胱の出口を締める力が弱くなってしまったためにおこります。つまり、膀胱の圧力に耐えられなくなってしまった状態です。

婦人科の手術の経験がある。肥満、便秘、冷えなども影響します。

※骨盤底筋とは、恥骨と尾骨(尾底骨)の間にハンモックのように張っていて、泌尿器、腟、子宮、直腸などを吊り上げている筋肉です。妊娠、出産、加齢などにより筋力が弱くなります。

検査

――

問診(中等度までの尿失禁の場合は問診で大体分かります)

 

 

パッドテスト(尿失禁定量テスト)…パッドを股間に当てた状態で、500ml.の水を、飲んで、15分安静後、30分以上歩行するなど一定の動きをして漏れたおしっこの重量 (2g以下~50g以上の間で5段階分)でグレイド分けをするテスト。

 

 

チェーンテスト…医療用のチェーンを尿道から膀胱に入れレントゲンで撮影する。腹圧性尿失禁の人は膀胱がうしろ側に落ち込んでいるので角度を計測して判断する。

 

 

尿道、膀胱内圧検査…管を使って膀胱に水を入れて、圧力計で測定する。

 

治療

――

運動療法…尿道括約筋を含めた骨盤底筋の意識的収縮を行う骨盤底筋体操(※1)を約3ヶ月おこなう。

 

 

薬物療法…運動療法だけでうまく治らなかったり、運動療法の補助として、膀胱の筋肉を緩める薬や、尿道括約筋の収縮力を強くする薬を使用

 

 

手術療法…運動療法、薬物療法で良い効果 が上がらない場合は手術療法を選択します。

・コラーゲン注入法(尿道をふくらます)

・尿道、膀胱を吊り上げる手術

 

※1:骨盤底筋体操―緩んだ骨盤底筋を鍛える体操です

 

 

仰向けになり、膝を立て身体の力をぬ きます(膝を立てると腹筋が緩みやすい)。

 

 

肛門、腟、尿道に力を入れ収縮させる。身体の中に引き上げる感じ。(慣れないうちは肛門を収縮させることから始める)

 

 

お腹に力は入れないこと(膀胱、尿道を押し下げてしまうため)

 

 

5秒かけて収縮させ、ゆっくりと緩める

 

 

椅子に腰掛けた姿勢、四つんばいの姿勢、立って手を机などについた姿勢などの姿勢でおこなう

 

 

これらの中でやりやすい姿勢を選んで、一日に50回おこなう

○切迫性尿失禁

 

強い尿意がありトイレまで我慢できずにおしっこが漏れてしまうタイプ。

尿道には問題はなく、膀胱の異常収縮でおこります。切迫性尿失禁には急性膀胱炎などの一時的なもの(女性に多い)、高齢によるもの(不安定膀胱)、脳や背髄の病気によるもの(神経因性膀胱)にわかれます。

症状

――

強い尿意を感じるが、トイレに間に合わず漏れる。

尿量が多い(ときに大量になる)

頻尿を伴う。

 

原因

――

膀胱炎など原因のはっきりしているもの。

脳から膀胱へ間違った情報がいってしまうなどがあります。

不安定膀胱については原因不明

 

治療

――

膀胱炎は膀胱炎の治療をすることにより改善します。

神経性膀胱と不安定膀胱は薬物療法により膀胱の筋を緩めることが主体になりますが、改善はなかなか難しいようです。

 

その他の溢流性尿失禁とは、男性に多く、膀胱に尿がたまり過ぎて漏れだすタイプですが、詳しくは別 の章で紹介いたします。

機能性尿失禁とは手足が不自由なもの、痴呆によるもので排尿機能には問題がないので、こちらも省かせていただきます。

 

~中医学編~

<中医学からみた尿失禁の考え方>

 

中医学では人の身体は「気」「血」「水(津液)」の三つの物質により構成されると考えます。

そしてこれらが多くもなく少なくもなく適量でバランスよく、且つスムーズにながれてこそ健康でいられると考えます。

 

この考え方が基本となり、この気血水のバランスが崩れたり、スムーズに流れなくなったりすると病気になると考えます。

 

ここでは特に尿失禁に関係の深いものに絞って説明していきます。

 

● 気

気は、人体を構成する最も基本的な物質であり、生命を維持する基本物質でもあります。気には強力なエネルギーがあって、絶えず運動する特性があります。

主な作用には推動作用、温煦作用、防衛作用、固摂作用、気化作用などがあります。

 

推動作用 ― 気は人体の発育、臓腑や経絡などの生理活動、血の生成や運行、水(津液)の生成や散布、排泄において、それらを動かしたり始動させたりする作用

 

温煦作用 ― 気の温煦作用によって、体温は一定に保持され、臓腑・経絡・組織・器官も正常に機能し、血の運行、水(津液)の運行、水の排泄も正常に維持される作用

 

気化作用 ― 気化とは代謝作用のように物質転化の機能です。気、血、水(津液)、精(成長発育の元)などの新陳代謝と相互転化をさせる作用。

 

固摂作用 ― 固摂作用とは、血や津液などの液状の物質が理由なく流失しないようにする作用です。

血液、尿、汗、唾液、胃液、腸液、精液などの排泄量をコントロールして流失しないようにします。

 

● 血

血には、全身を栄養して潤す作用があります。

 

● 水(津液)

水は津液とも言い、体内にある正常な水液のことをいいます。

主な作用は身体各所を潤したり、滋養したりする作用があります。

 

● 五臓六腑

五臓には肝、心、脾、肺、腎  六腑には胆、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦 があります。

五臓六腑は工場のようなもので、これらの臓腑で気血水を吸収、運行、代謝、貯蔵、排泄などの働きをします。

名称は西洋医学の臓器と同じものがありますが、働きは似ているものと大きく違うものがあります。

 

中医学からみたおしっことは、津液の余った代謝物として排泄されたものです。

では、おしっこの元になる津液がどのように作られ、利用されていくのか、またどの臓腑と関係しているのか説明していきます。

 

「正常な津液の代謝は、食べた物(の中の水分)が胃に入り、脾の運化、肺の宣発と粛降作用、腎の蒸騰気化作用によって三焦を通 って全身に輸送されます。そして、代謝して余った津液は汗や尿(膀胱に一時溜められ)として排泄されます」

これが大まかな津液の代謝の流れですが、この中でも脾、肺、腎の臓腑が津液のバランスを調整するために重要な働きをしています。中でも腎は津液の代謝にもっとも関係の深い臓器です。

では次にこれらの臓腑の中でも、津液と尿失禁に関係する働きについて説明していきます。

 

腎 ― 腎は水液を主るといいます。

これは腎の中の精気(生命活動のもと)というものが気化作用によっておこなっています。体内の津液の運行、排泄、維持や代謝のバランスなど調整することを指します。

前述した、「正常な津液の代謝…」とは全てこの腎の蒸騰気化作用(水分を蒸気のように昇らせる作用)をベースに行なわれているため、腎がもっとも関係の深い臓器といわれるのです。このため、腎は「水臓」とも呼ばれます。

 

肺 ― 肺には宣発、粛降という作用があります。

肺の宣発作用とは簡単にいうと津液や栄養分(水穀の精微という)を全身に散布したり、代謝産物である汗を排泄したりします。

粛降作用はきれいな空気(清気という)を吸入したり、吸入した清気や水穀の精微と津液を下に向けて散布したりします。

また、体内の水液を絶えず下方の腎へ運搬し尿を作る元とする。これらの水液を調整する作用を「通 調水道作用」と呼ぶ。

また、肺が気の流れや津液の流れを治めたり調節したりしていることを「治節作用」という。

このように肺には調節、調整作用が備わっている。

 

この中で尿失禁に関係が深いのは粛降作用と通調水道作用で、津液を下にある腎まで運ぶことです。

 

脾 ― 脾は運化を主る。

運とは中継輸送のことで、化とは消化吸収することです。

脾の運化とは飲食物を精微(エキス)に変化させ(水穀の精微)、そして、それを全身に輸送することです。

運化される物には食物と水液があります。その中でも水液の運化とは、水液を吸収、輸送し全身に散布する作用と余分に余った水分を肺や腎に送り、汗や尿として体外に排泄する作用があります。この作用が尿失禁に関係が深いといえます。また、脾に水穀の精微を上方に昇らせる作用があります(昇清作用)

 

膀胱 ― 膀胱は貯尿の器官です。

膀胱は腎と直接つながっている。尿は膀胱の中に一定量溜め込まれ、意識的に体外に排出されます。

 

その他、三焦は元気と水液が流れる通路の作用がありますが、三焦自体には形が存在しません。(体腔全体のイメージでもよいと思います。)

小腸では大量の水液が吸収されます。

 

基礎的な知識として臓腑の作用中でも尿失禁に関係するものに絞って説明させていただきました。

これらの臓腑の働きにより気血水のバランスが保たれているのですが、なんらかの影響によって臓腑の働きが悪くなり、気血水のバランスが崩れると病気の状態になります。

では、これからどのようにして病気の状態になるのか、症状、治療法などを説明していきます。

 

尿失禁は最終的には膀胱で正常に尿を溜めることができなくなってしまう膀胱失約(拘束する、取り締まることができなくなった)状態になってしまうためにおこります。

この膀胱がコントロールできなくなる理由を病理的な角度から3つのタイプにわけます。

 

< 肺脾気虚 >

 

原因―平素から虚弱体質であったり、長期の咳から肺の気が不足してしまったりして、それが脾に影響して脾の気虚も同時に起こる。

または、飲食を節制しなかったり(食べる時間帯や量、種類)、疲れすぎたりして脾を損傷し、脾気虚になり、そのため肺に栄養を送れなくなり肺気虚が起こる。

両者は互いに影響して肺脾両虚となる。

肺が機能しなくなれば、水道も調整できなくなり、治節(コントロール作用)も弱くなります。

脾が機能しなくなれば、水液の運化が悪くなり、津液も上方に昇らせられなくなります。このような機能の低下が膀胱の貯尿機能に影響して尿失禁になります。

 

症状―尿失禁、下腹部の下垂感、強い疲労、頻尿だが尿量が少ない、声に力がない、食欲不振、などがあげられる。

 

治療―針治療では、肺と脾の気を補う治療をします。肺のコントロール作用、脾の運化作用、昇清作用を助けます。

 

食べて治す―もち米…もち米には脾、胃を丈夫にし、肺を補養する作用があり、止尿作用があります。

炒ったギンナンもいいです(ギンナンは一日5個まで。)

 

< 腎気不足 >

 

原因―虚弱体質、房事過多、重病や手術の後、不養生などが原因となる。

腎の蒸騰気化作用は腎中にある精気がおこなっている。

腎気が不足してしまったため、体内の津液のバランスをとることができなくなり、腎気の中の陽気(各臓腑をあたためる機能)が弱くなると、膀胱を抑えることもできなくなってしまう。

固摂作用も弱くなり (腎気不固)、尿を固摂することができなくなる。

これらの結果、尿失禁となる。

 

症状―尿失禁、腰や四肢のだるさと冷え、精神不振、めまいなど

 

治療―針治療では腎気を補うようにする。腎の陽虚がある場合は温める。

 

食べて治す―山芋。虚弱体質に効果があり泌尿器系の症状を改善させる。

 

 

< 気虚腎虧(キキョジンキ)または肺腎気虚(※虧(キ)とは欠ける・不足の意味) >

 

原因 ― 慢性の咳や病気などから肺気虚になり、それが腎に影響して腎気虚になってしまったため。肺気虚では水道を調節できなくなり、腎気虚は膀胱のコントロールができなくなる。

 

症状 ― 咳とともに尿失禁する。息切れ、活動時に悪化する、腰がだるいなど

 

治療 ― 針治療では肺と腎の気を補う治療をする。

 

食べて治す ― 胡桃(くるみ)。胡桃は肺と腎両方に効果があり、咳を止め、泌尿器に効果 があります。

 

※ 膀胱失約

主にはこれらの3パターンによって尿失禁がおこると考えられるが、中には外からの邪気が直接膀胱に影響して膀胱失約になることもある。

 

<その他の注意点>

 

○利尿作用の強い食べ物は避けましょう ― 冬瓜、みかん、キュウリ、大根、ハトムギ、小豆などは利尿作用が強いので過食は避けましょう。特に冬瓜、みかん、キュウリ、生野菜の過食などは身体を冷やす作用もありますので注意が必要です。

 

○夕方から夜にかけての水分の摂り過ぎや冷たい物の摂り過ぎには気をつけましょう

 

○足腰が冷えないようにしましょう

 

○骨盤低筋体操をしましょう

 

このように、中医学ではタイプ別に分けて治療するのと同時に生活の中からチェックし改善さえて身体全体を変えていきます。ですから、治療したからといって冷たいものをたくさん食べたり身体を冷やしたりしては意味がありません。治療をするときには、生活も気をつける。これが中医学ではとても重要です。

体力が衰えてしまって尿失禁になってしまった場合、体操することさえも困難な場合もあるとおもいます。針治療では衰えた体力を補う治療があります。また、適切なアドバイス、日頃の身体の管理などを同時におこない生活の質を上げていっていただきたいとおもいます。

 

中医学(東洋医学)全般(鍼灸・漢方・食事療法・体質改善)のご相談はお気軽にどうぞ。

 

◎ 当院での治療をお考えの方へ

 

= 本来の東洋医学の治療の姿に関して一言 =

当院では局所治療に限定せず、あくまでも身体全体の治療・お手当てを目的としております。

例えば、「ギックリ腰」や「寝違い」といった急激な痛みに対して、中医鍼灸の効果 は高いのですが、これも局所の治療にとどまらず全体的なお手当てを行なっているからなのです。

 

急性の疾患にせよ慢性の疾患にせよ、身体の中で生じている検査などには出てこない生命活力エネルギーのバランスの失調をさぐり見つけ出すことで、お手当てをしております。

ゆえに、慢性の症状を1~2回の治療で治すというのは難しいのです。

西洋医学で治しにくい病・症状は、中医学(東洋医学)でも治しにくいのは同じです。ただ、早期の治療により中医学の方が治し易い疾患もございます。

例えば、顔面麻痺・突発性難聴・頭痛・過敏性大腸炎・不眠・などがあります。

大切なのは、あくまでも違う角度・視点・診立てで、病・症状を治してゆくというところに中医学(東洋医学)の意味合いがございます。

 

当院の具体的なお手当てとしては、まず、普段の生活状況を伺う詳細な問診や、舌の色や形などを見る舌診などを行い、中医学(東洋医学)の考えによる病状の起因診断を行います。

これは、体内バランスの失調をさぐり見つけ出すために必要な診察です。この診察を踏まえたうえで、その失調をツボ刺激で調整し、元の良い(元気な)状態へ戻すことが本来の治療のあり方です。

又、ツボにはそれぞれに作用があり、更にツボを組み合わせることで、その効果 をより発揮させる事が出来ます。

 

しかしながら、どこの鍼灸院でもこの様な考えで治療をおこなっているわけではありません。一般 的には局所的な治療を行なっている所が多いかと思います。

 

少しでも多くの方に本当の中医鍼灸をご理解して頂き、お体のために役立てていただければ幸に思います。

2019/03/11
【内科疾患】脳卒中1・西洋医学編

今回のテーマは脳卒中の後遺症です。

皆さんは脳卒中の後遺症に対しての針治療は、麻痺のある部位にのみ針を打つと思っている方もいらっしゃると思います。

しかし、それは大きな間違いなのです。中医針灸では麻痺の部位にも針を打ちますが、頭から足の先まで針を打ちます。例えば顔の歪みの治療であっても足の甲のツボを使います。

ではどうして麻痺の無い足にまで針を打つのでしょうか?それは中医学の生理観が我々の親しんでいる西洋医学の生理観とはまったく違うからなのです。中医針灸とは、決して患部にのみ針を打つような単純な治療ではないのです。

 

さて、中医学については後程説明するとして、先ずは皆さんが慣れている西洋医学の観点から話を始めたいと思います。

 

皆さんは「脳卒中」以外に「脳」という字が付く病気を幾つ知っていますか?

「脳梗塞」「脳軟化症」「脳塞栓」「脳血栓」「脳出血」「脳溢血(のういっけつ)」・・・などがあります。

皆さんもいくつか知っている病名があったと思いまが、違いがおわかりになりますか?

実は今挙げた病名は全て『脳卒中』なのです。つまり脳卒中とは、1つの病気を指す病名ではなく、いくつかの病気の総称なのです。そして今挙げた他に皆さんもよくご存知の「くも膜下出血」なども脳卒中に含まれます。

ここで、脳卒中の説明に入る前に脳卒中について、少し恐ろしい数字を皆さんに紹介したいと思います。決して脳卒中は他人事でないことが実感できると思います。

 

 

▼日本は脳卒中がとても多い国ってご存知ですか?▼

1951~1970年まで、脳卒中は日本国内の死因の第一位でした。実に10万人に125~176人の方が亡くなるという高率でした。その後1970年をピークに死亡率は減少しはじめ、1981以降は癌が死亡率の第一位 となり、1986年には心臓病が第二位となりました。以降、脳卒中は第三位 を続けております。(1995~96年は再び第二位となりましたが、1997年以降再び入れ替わり第三位 となっております。)

2000年では死因の13.3%を占めておりました。いかがですか、皆さんはこの数字をどう思いますか?

「なんだー、患者数は減ってるんだー」とか「多いと言っても三位なんだー」と思われますか?

では、もう少し具体的な数字を使ってみましょう。まず、今紹介した数字は「脳卒中が死因の第三位 」ということです。つまり、患者数が減っているのではなくて、減っているのは死亡率のみなのです。あくまでも脳卒中で死ぬ 確立が低くなったということです。

では総患者数はどの位かというと、癌の総患者数127万人に対して脳卒中は147万人です。しかも癌の場合は体の全ての癌を含んだ数字です。これで患者数は脳卒中の方が多いことがわかります。

次に死亡数を見てみると、脳卒中で亡くなる人数は年間で13万人です。これは癌で亡くなる人の半数だそうです。しかし、交通 事故で亡くなる方は年間1万人位ですから、三位とは言っても、いかに13万人という数字が多いかがわかっていただけると思います。因みに日本の脳卒中の死亡率は欧米の2倍だそうです。

さて、日本の脳卒中患者数が多いことがわかっていただけたところで、脳卒中自体の説明に入りたいと思います。今回は『脳卒中の後遺症』というテーマですが、脳卒中だけでなく「生活習慣病」にも少しスポットを当ててみたいと思っています。「生活習慣病」は脳卒中と深い関係がありますし、皆様に少しでも正しい生活習慣の大切さが伝わればと思っています。

 

 

▼現代医学からみた脳卒中▼

ところで、皆さんは「脳血管障害」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?「脳血管障害」とは読んで字のごとく、脳の血管の障害です。例えば、脳の血管が詰る(虚血性病変)・又は破れる(出血性病変)などがあります。

脳卒中は脳血管障害によって、障害が起きた血管の先へ栄養が送られなくなってしまい、細胞が死んでしまうことにより、急に倒れる・大小便の失禁・半身麻痺・ロレツが回らない・などの発作を起こす疾患です。脳卒中は生活習慣の積み重ねで起こる生活習慣病の一つです。急性の発作により死亡することも珍しくなく、回復しても後遺症が残り易く長期のリハビリテーションが必要とされています。死亡率は低下したものの後遺症に悩まされている方はとても多いのが実情です。

 

 

=脳卒中の分類=

冒頭でも触れましたが、脳卒中とは脳血管障害による病気の総称ですので、ここで1つ1つ説明してゆきましょう。

脳血管障害には血管が詰まって起こる【虚血性病変】と、破れる場合【出血性病変】の2通 りあります。脳卒中を分類する場合は、まず大きく虚血性と出血性に2分します。

 

1.【虚血性病変】

虚血性病変とは血管に何かが詰まって起きる病変で、皆さんもよく耳にする『脳梗塞』がこれに当たり、『脳軟化症』ともいわれます。

更に脳梗塞は、心臓や比較的太い血管にできた血栓などが脳に達して血管を閉塞させる「脳塞栓」と、血管に血栓が生じて血管を閉塞させる「脳血栓」に分けられます。

更に、「脳血栓」は、コレステロールの固まりが脳の太い血管の内側にできることにより、血管を詰まらせる「アテローム性梗塞」と、動脈硬化により脳の深部の細い血管が詰まる「ラクナ梗塞」に分けられます。『脳梗塞』は脳卒中死亡の62.4%(2000年)を占めると言われております。上記のことからも動脈硬化やコレステロールが怖いことがご理解いただけると思います。

又、『一過性脳虚血発作』というものあります。これは脳の血管が微小の塞栓によって起こり、24時間以内に回復するものをいいます。年間発症率は約5%といわれております。症状は一時的に半身麻痺が起きたり言葉が喋れなくなったりするのですが、血流が回復すれば症状は消えてしまいます。しかし、一過性脳虚血発作は「脳血栓症の前触れ」と言われ、一時的とはいえ脳の血管が詰まったわけですから、再度詰まる可能性があるわけです。実際に一過性脳虚血発作患者さんの脳梗塞へ移行する確立は30%と言われており、発作発症後1年以内、特に1ヵ月以内の脳梗塞発症がもっとも高い状況です。もしこの様な状態になったら必ず専門医の受診をして下さい。

 

 

2.【出血性病変】

出血性病変とは脳の血管が破裂して出血を起こす病変で『頭蓋内出血』がこれに当たり「脳溢血(のういっけつ)」ともいわれます。血管が破れる位 置によって更に「脳出血」「くも膜下出血」に分かれます。

脳内の細い血管が破れて起こるのが「脳出血」です。高血圧や動脈硬化などが主な原因になり、精神的緊張・飲酒・過労・などが誘因となります。脳卒中死亡の23.4%(2000年)を占めます。

さて、脳は3層の膜に覆われており、内側から軟膜・くも膜・硬膜といいます。このくも膜と硬膜の間の血管が破れて起こるのが「くも膜下出血」で、年間10万人に15~17人前後発症しているといわれています。原因の90%以上が脳動脈瘤破裂によるもので、脳卒中死亡の11.2%(2000年)と言われております。

(参考;本来、頭蓋内出血は出血の起きた場所によって、硬膜外出血・硬膜下出血・くも膜下出血・脳葉型出血・外側型出血・内側型出血・橋出血・小脳出血・といった具合にもう少し細い分類があります。)

因みに、1950年代まで「出血性病変」の方が多かったのですが、今では「虚血性病変」の方が多いようです。以前は高血圧の治療やコントロールが上手く出来ていないところに加え、食生活においても高塩分・低脂肪食により血管が弱くなっていたために多かったようです。しかし現在は肥満・糖尿病・高脂血症が増えたため「虚血性病変」のほうが多くなってしまったのです。

 

 

=脳卒中の危険因子=

次に一般的な危険因子を紹介します。

 

*大量飲酒

一日にアルコール換算で30ml以上の飲酒をされている方に脳卒中で死亡される方が増えています。(アルコール換算で30mlとは、ビールなら中ビン1本・日本酒では1合・ワインは2杯・ウイスキーはダブルで1杯・焼酎はぐい飲み1杯に値します。)

 

*たばこ

一日に40本の喫煙をされる方の脳卒中の死亡者数は、吸わない方の40倍と言われております。

 

*運動不足

運動不足は、肥満・糖尿病・高脂血症・高血圧を招きます。

 

*肥満

肥満は、高血圧・高脂血症・糖尿病を招きます。

 

*脳塞栓は、心房細動・心筋梗塞・僧房弁狭窄症・感染性心内膜炎、といった心疾患を持っていると発症しやすいです。

 

 

=主な症状=

脳は大きく「大脳」「小脳」「脳幹(間脳・中脳・延髄・橋)」に区分することが出来き、さらに各々が細かく区分されております。そして各区分ごとに働きが異なります。

したがって、脳卒中の症状は梗塞や出血が起きた場所によって症状が異なるわけです。又、左右でも違差があり、例えば左の脳に梗塞が起きると右半身に運動障害・知覚障害などが発症します。又、右利きの方で左の大脳に梗塞が起こると、言語障害が伴いやすかったりします。では、それぞれの疾患別 に特徴を説明します。

 

 

**脳梗塞**

主な症状としては、

麻痺・知覚障害・失語・失行・意識障害・感覚障害・病態失認・半側空間無視・同名半盲

自発性の低下・眼球運動異常・回転性のめまい・などがあげられます。

(失行とは:麻痺がないのに、ある目的を持った動作が困難な状態です。)

(同名半盲とは:両目の麻痺側半側の視野が欠損してしまう状態です。)

 

 

○アテローム梗塞○

症状としては、発症に先立ち、先程説明した「一過性脳虚血発作」が起こることがあると報告されています。

片麻痺・片側の感覚障害

優位半球(右利きの人であれば、左脳)の障害であれば:失語・失認・失計算などの症状

非優位半球のしょうがいであれば:着衣失行などがあげられます。

又、意識障害も認められますが、麻痺などに比べると軽度のことが多いようです。

(失認とは:知能障害がないのに物体や概念の認知・把握が困難な状態です。)

(着衣失行とは:麻痺がないのに着衣ができない状態です。)

 

 

○ラクナ梗塞○

アテローム型と異なり、「一過性脳虚血発作」が前駆することは少ないようです。又、意識障害も通 常は認められません。80%が無症状ですが、多発すると脳血管型痴呆の原因となります。

 

 

○脳塞栓○

脳塞栓の症状の特徴は急激に発現することがあげられます。片麻痺など、局所的な症候が特徴です。

主な症状としては意識障害・失語・病態失認・脳浮腫があげられます。

 

 

○一過性脳虚血発作○

大部分の患者さんは運動障害を認めることが多いようです。又、1回の発作中に体の一部分に感覚障害が認められ、他の症状は伴いません。一般 的には、発作は5分以内(多くは2分以内)に極期に達し、持続時間は2分~15分と言われております。

 

 

**脳出血**

突然の激しい頭痛に襲われ、続いて麻痺や意識障害などが起こることが多いようです。脳出血は頭蓋内で出血が起きているため脳梗塞に比べて頭蓋内の圧力は高くなっております。そのため意識障害は出現しやすいといわれています。

症状については、脳梗塞と同様に出血が起きている部位によって異なりますが、主な症状としては以下になります。

片麻痺・知覚障害・意識障害・瞳孔が縮む・眼球運動の障害・四肢麻痺

呼吸障害・嘔吐・嘔気・めまい・頭痛・歩行障害・運動失調・失調性失語

ケイレン・一過性の精神症状・半盲・失書・失読

優位半球の障害 :失語     非優位半球の障害:失認・失行

 

 

**くも膜下出血**

経験したことがない激しい頭痛が突然生じ、嘔気・嘔吐を伴います。頭痛の特徴としては、「後頭部をハンマーで殴られたような痛み」としてよく表現されます。また、頭痛の発症時間を患者さんが正確に言えるほど突然に発症します。頭痛の部位 は額や後頭部が多いようです。軽症の場合は目の奥や側頭部の痛みが数日間続くこともあります。ケイレンなどもよく起こります。意識障害については、ボーっとする程度のものから、数日間意識がはっきりしないものまであり、意識がなくなり急死することもあります。意識障害は約半数に認められ、片麻痺などの局所神経症候は通 常示しませが、場合によっては、局所的神経症候を伴う場合もあります。

 

 

▼脳卒中の主な治療法▼

先ず、CT・MRI・MRAなどを使用して脳のどこにどのような異常があるのかの検査に加え、家族などの病歴などを参考にして適した治療が行われます。又、脳塞栓の場合は脳の検査のみでなく、心エコー・心電図・頚動脈エコー、といった検査を行い、塞栓源の発見に努めます。必要であれば手術が行われ、それ以外の場合は内科的治療が行われます。

 

=手術=

手術により血管の中の血栓を溶かしたり削ったりします。また、破れた血管にクリップをかけたりもします。

 

=内科的治療=

主に点滴により血栓を溶かす薬などを投与します。また、脳浮腫や肺炎の防止に努めます。

 

=治療の段階=

脳卒中の治療の段階は急性期と回復期(慢性期・維持期)に分けられます。

急性期とは脳内の病変がまだ進行中だったり、意識障害があって生命の危険が残っている状態です。発症から数日~4週間の間を言い、その後を回復期といいます。

上記の治療は主に急性期に行われ、慢性期はリハビリが主体になりますが、再発防止のため、血液が固まりづらくなる薬(抗血小板薬)を使用します。

 

 

▼脳卒中のリハビリテーション▼

リハビリテーション科の外来・入院患者の50~60%はなんと脳卒中の患者さんだそうです。ここでも、日本の脳卒中の患者さんの多さがうかがえます。

 

=急性期のリハビリ=

病気で入院をしてベッドに横になっていると、本来の病気とは関係の無い様々な症状が出てまいります。このような二次的障害を「廃用症候群」といいます。これらの症状は入院後数日から現れ、回復には何倍もの時間がかかったり、最悪の場合は治らないこともあります。

具体的には、筋肉の萎縮・関節が動かなくなる・骨粗髪症・尿路結石・循環障害・床ずれ・意欲の低下・不眠・痴呆・失禁・頻尿・便秘・などの症状があらわれます。

そして、この廃用症候群はリハビリテーションの阻害因子になります。そして、急性期はこの廃用症候群が急激に起こっている時期でもあります。したがってこの時期は、先ず、呼吸管理・血圧管理・呼吸器や尿路の感染予防などの全身管理が大切で、次に血圧が安定し嘔吐・痙攣などの急性症状が落ち着いたら、廃用症候群予防のリハビリを出来るだけ早期に開始します。又、起立性低血圧の予防のための訓練も早めに開始します。

 

=回復期のリハビリ=

急性期を脱して、生命の危険がなくなり意識が清明となったら本格的なリハビリの開始です。具体的には自力による、寝返り・起き上がる・座る・立つ・歩く・といったことから、ベッド上での自立動作・トイレ動作・移動動作・整容行為・食事行為・更衣の自立・入浴更衣・といった訓練をおこないます。そして、退院後は自宅でのリハビリになります。

 

=脳卒中リハビリテーションのまとめ=

脳卒中のリハビリ訓練は発症後6ヶ月までは集中的な訓練が必要と言われております。その後は継続的な訓練を行うことで、ゆるやかではありますが回復すると言われております。ですから、リハビリは根気強く続けることがとても大事になってきます。そして何より大切なのは本人のやる気と家族の支えです。「病気に負けない」という強い意志がとても大切になってきます。

 

いかがでしょうか、西洋医学の見地から「脳卒中」について、その原因からリハビリテーションまでを簡単に説明してみました。ご理解していただけたでしょうか?

いつもなら、次に中医学から見た「脳卒中」の説明に入るのですが、今回はもう少し西洋医学的な話にお付き合い下さい。

2019/03/11
【内科疾患】脳卒中2・生活習慣病編

「脳卒中」の死亡率は減ったとはいえ命を失うこともありますし、生存しても上記のようなリハビリなどの回復訓練を行わなければなりません。ですから、できることなら脳卒中はかからないようにしたいものです。つまり、予防が大切なのです。

先程も述べましたが、脳卒中と生活習慣病は深い関係があります。脳卒中はある日突然発症しますが、生活習慣病は生まれてから発症するまでの長い年月をかけて序々に発症します。生活習慣病の怖いところは、序々に発症するところにあります。つまり、本人が気付かないうちに病気に犯されているというこが多々あるのです。

実は皆さんもよく耳にする「生活習慣病」という言葉は、たった10年位 前に作られた言葉なのです。たった10年でこれだけの認知度があるということは、我々にとって人事ではなく、かなり重要な病気だということです。

そういった理由で今回は、脳卒中と深い関係にある生活習慣病についても少し触れてみたいと思います。

 

 

▼生活習慣病ってどんな病気??▼

皆さんは「成人病」という言葉を聞いたことがあるかと思います。成人病とは加齢とともに特に40代から発症率が急激に増加する疾病の総称で、癌・循環器疾患・糖尿病などが代表的な疾患です。そして、これらの疾患の研究が進むに従い、その成因は生まれてから現在にいたる数十年間に作られた生活習慣・遺伝的素因・加齢が深く関与していることが明らかとなってまいりました。したがって、生活習慣の改善は成人病の発生や進行を予防することができるわけです。そこで、1997年にその当時の厚生省は、このことを国民全体に周知させる目的で「生活習慣病」という言葉を使うようになったわけです。つまり、簡単に言うと生活習慣病とは、毎日の良くない生活習慣の蓄積が引き起こす病気ということです。

「生活習慣病」というと何となく軽い病気のイメージがある方もいると思いますが、なんと日本人の三分の二以上がこの病気で亡くなっているという報告もされており、とても怖い病気なのです。そして、「生活習慣病」のやっかいな点は長年の生活習慣や加齢が関与して序々に発症します。つまり、健康な状態と病気の状態の区別 が明確でないと言う点があります。これは成人期に生活習慣病にかかり、気付かぬ まま老年期に引きずり老人病の基礎を築いてしまいます。具体的に今回のテーマである脳卒中で説明すると、成人期に「動脈硬化」が発症し、そのまま放置して進行してしまい、老年期で「脳卒中」などを引き起こすということになるわけです。次に今話題の代表的な生活習慣病を4つ紹介しましょう。

 

=恐怖の死の四重奏=

皆さんは『死の四重奏』という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

これはある4つの症状が重なった場合、死亡リスクがかなり高まることから「死の四重奏」と呼ばれています。ではその4つの症状とは、「高血圧」「高脂血症」「肥満」「糖尿病」です。もうお気づきの方も多いと思いますが、今話題になっている『メタボリック・シンドローム(症候群)』のことです。

なぜここで『メタボリック・シンドローム』を皆さんに紹介したかというと、実はこれらの疾患は全てが脳卒中を引き起こす要因に成りうるからなのです。せっかくですから、これらの疾患についても簡単に説明をしたいと思います。

 

○高血圧○

高血圧とは血圧の数値で言えば、上が140mmHg以上か下が90mmHg以上です。簡単に言ってしまえば、血管に強い圧力がかかっている状態です。

1999年の年齢階級別受療率をみてみると、高血圧症は40代後半から急激に増加しております。これは、壮年期からの生活習慣の影響が老年期にでているという見方が出来ます。ところで、高血圧は「サイレント・キラー」という怖い別 名があるのをご存知ですか?その理由は高血圧には自覚症状がほとんど無いところにあります。ですから、なかなか自分では高血圧に気付くことが出来なかったり、検査などで高血圧と言われても、そのまま放置してしまうことが多く、最終的には脳卒中や心筋梗塞といった死亡する可能性のある怖い病気を招いてしまうからです。

血管に常に高い圧力がかかっていると、血管が痛みやすくなるばかりではなく、高い圧力で血液を送り出す心臓にもかなりの負担がかかってしまいます。また、高血圧は動脈硬化も招いてしまいます。そして、動脈硬化は高血圧を更に悪化させるといった悪循環に陥ってしまいます。更に、動脈硬化は腎臓の機能さえも低下させてしまいます。

ところで、先ほど老化が高血圧をまねく話をいたしましたが、確かに日本では血圧は成人に達して以降、加齢とともに上昇していかれる方が多いようですが、発展途上国では加齢にともなう血圧の上昇が認められない民族があることも確認されております。

又、国内地域や国際比較に目を向けてみると、高血圧は都市部より農漁村部に多く西日本より東日本が多く、食塩摂取量 が5g以下の民族より多量に摂取する民族に多いことがわかっております。塩分を採りすぎると体内の塩分の濃度を下げる為に大量 の水分が血管内に吸収され、血液の量が増えてしまい、それに伴い血圧が上昇してしまうのです。このことからも、高血圧は生活習慣と深い関係があることがうかがえます。

 

○高脂血症○

高脂血症とは簡単に言ってしまうと、血液中の脂が増え過ぎてしまった病気で、日本の死因の二位 ・三位である心臓病・脳卒中の原因である動脈硬化の原因になります。又、高血圧を更に悪化させたりもします。

高脂血症の恐ろしいところは、高血圧と同じく痛くもかゆくもないところです。つまり自分ではなかなか気付きません。又他人に「あなたは高脂血症です」と言われても「それは大変だ!なんとかせねば!!」とはなかなか思いません。しかし、そのまま放置しておくと脂は血管の中でどんどん溜まってゆき「動脈硬化」をきたします。ところが、この「動脈硬化」も痛くもかゆくもありませんので、そのまま放置してしまいがちです。そしてついに「脳卒中」や「心筋梗塞」を発症させてしまうのです。

今の事を裏付ける数字を厚生労働省が発表していますので紹介します。

高脂血症の方と潜在患者の合計は2200万人で、さらに細かく見てゆくと男性の30代・女性は50代から高脂血症の状態の方は、なんと二人に一人だそうです。しかも自覚している方はわずか30%だけだったそうです。

さて、血液の中には「コレステロール・中性脂肪・リン脂質・遊離脂肪酸」の4種類の脂質が存在しております。高脂血症とは、この中の「コレステロール」と「中性脂肪」が多すぎる状態です。コレステロールの中の「悪玉 コレステロール(LDL)」は動脈の壁にくっついて動脈を厚くして血液の通 り道を細くしたり、血管を硬くして動脈硬化を招いてしまいます。又、中性脂肪自体は動脈硬化を招きませんが中性脂肪の増加は「善玉 コレステロール(HDL)」の減少を招きます。「善玉コレステロール」は血管や細胞内の余分なコレステロールを肝臓に運んでいますので、「善玉 コレステロール」の減少は「悪玉コレステロール」の増加を招くことになり、間接的に動脈硬化を招いてしまうことになります。

(参考:コレステロールや中性脂肪は多すぎると問題ありますが、体にとって必要なものです。)

 

○肥満○

肥満とは脂肪が一定以上体に付いた状態をいいます。肥満の目安を知る方法としては皆さんもよく耳にするBMIなどがあります。

BMIとはBody Mass Indexの略で、日本語では「肥満指数」といいます。

計算方法は、体重kg÷身長m×身長m=BMIです。

日本肥満学会では標準BMIを22とし、25以上を肥満と定めております。つまり、皆さんが上記の式にご自分の身長と体重を当てはめて出た数字が25以上であれば肥満ということになります。因みに、18.5以下は痩せと定められております。

ではこの25という数値は何を根拠に定められたかというと、25以上の人は「高血圧」「高脂血症」「糖尿病」にかかりやすい数値なのです。25という数値には実はこのような意味があったのです。尚、肥満は上記の疾患以外にも高尿酸血症・痛風・脂肪肝・膵炎・睡眠時無呼吸症候群・腰痛・膝痛などの関節痛・月経の異常・などとも関係があります。

さて、肥満も生活習慣病です、ではどのような生活習慣をしている人が肥満になりやすいのでしょうか?肥満はエネルギーの消費量 を摂取量が上まった時に起こります。つまり、エネルギーの過剰摂取と運動不足によって起こるわけです。又、摂取量 以外に不規則な食事や早食い・まとめ食い、といった食事の採り方にも肥満の原因があります。

 

○糖尿病○

糖尿病の患者さんの脳卒中死亡率は、正常な方の2~3倍と言われております。そして、平成9年の糖尿病実態調査によると、糖尿病の疑いがある人は1370万人いるそうです。

血液の中には筋肉や臓器の栄養源である「ブドウ糖」が流れています。糖尿病は「ブドウ糖」が細胞に吸収されなくなってしまい、血液の中にあふれてしまっている状態です。因みに、血液の中にどの位 のブドウ糖があるかを知る値が血糖値です。このことから、糖尿病にかかると血糖値が上昇するのです。

ブドウ糖が細胞に吸収されなければ、体はエネルギー不足を起こします。ブドウ糖が細胞に吸収されるのに必要なホルモンが「インスリン」です。糖尿病はこのインスリンが分泌されなかったり、分泌されても少量 であったりうまく働かない状態で、前者を1型(小児糖尿病・インスリン依存型)、後者を2型と呼びます。日本の糖尿病患者さんの95%以上が2型といわれております。その他には遺伝子や肝臓・すい臓などの病気や感染症・免疫異常なども原因になります。そしてこの2型糖尿病の原因となるのが、食べすぎや飲酒や運動不足といった生活習慣の影響が大きいのです。

糖尿病は脳卒中は勿論、他にも様々な病気をまねきます。例えば、網膜症・心筋梗塞・皮膚病・感染症・腎臓の病気(糖尿病腎症)・手足のしびれや冷え(糖尿病神経障害)・下肢閉塞性動脈硬化症などがあります。又、高脂血症・高血圧・腎臓病の方が糖尿病にかかると症状をさらに悪化させてしまいます。

 

いかがですか、生活習慣病の恐ろしさや脳卒中との関係がご理解できましたでしょうか。

これらについての予防法については、後ほど脳卒中の予防法と一緒に紹介いたします。

尚、当ホームページの「ためになる話」でも紹介されていますので、興味のある方はどうぞご覧下さい。

2019/03/11
【内科疾患】脳卒中3・中医学基礎編

さて、それでは中医学から見た「脳卒中」の説明をしたいと思います。

今回も『脳卒中』を通して、できるだけ皆さんに中医学の病気の捉え方や、治療方針の立て方から治療にいたるまでをイメージしていただけるように説明してみたいと思います。

 

 

▼中医学の生理観▼

中医学も現代医学と同様に医学です。医学である以上そこにはしっかりとした学問体系や理論が存在します。医学には正常な身体の状態を考える『生理観』(現代医学では生理学や解剖学など・中医学では臓腑学や経絡経穴学や気血津液学など)というものがあり、その上に病気の成り立ちを考える『病理観』(現代医学では病理学・中医学では病因学説や病機学説)が存在します。つまり、病気を理解するためには、まず正常な身体の仕組みや構造を理解しなければ病気を理解することは出来ません。ですから、まずは中医学の生理観を理解しないと、中医学から見た病気は理解することは出来きません。

しかし中医学の生理観は現代医学のそれとは全く異なった考え方をし、とても奥深いものですので、とりあえず今回は脳卒中に関係するものだけにしぼって説明をさせていただきます。

 

 

≪気・血・水≫

中医学では人の身体は「気」「血」「水」の三つの物質により構成されると考えます。

そしてこれらが多くも少なくもなく適量で、バランスよく且つスムーズに流れてこそ健康でいられると考えます。

 

<気>

気の主な作用には、物を動かす「推動作用」・栄養に関わる「栄養作用」・身体を温める「温煦作用」・身体を守る「防衛作用」・ものを変化させる「気化作用」・体内から血や栄養物が漏れるのを防ぐ「固摂作用」など様々な働きがあります。

この中で脳卒中と深く関係があるのは「栄養作用」と「推動作用」です。

「栄養作用」とは読んで字のごとく各部を栄養する働きです。

「推動作用」とは物を動かす作用のことです。例えば気の推動作用によって血は流れることができるのです。このことは『気めぐれば血めぐる』と言われております。

 

<血>

血の主な作用は各器官を栄養することです。

 

<水(津液)>

水は津液とも言い、体内にある正常な水液のことをいいます。主な作用としては身体の各部所に潤いを与えます。さて、今ここで説明しているのは正常な水の話ですが、実は体内に不要な水が貯留することがあります。例えば正常な水である津液は本来スムーズに流れていなければなりませんが、この流れが長時間停滞を起こしたり、本来は尿となって排泄されなければならない水液が、何らかの異常で体内に貯留した場合などがあります。この様な不要な水を度合いによって「湿」とか「痰濁」といいます。これらの不要な水分は様々な病気を引き起こします。脳卒中も「湿」によって発症することがあります。

 

《経絡》

経絡とは一言で言えば、気血水を全身の各部位へ運ぶための通路みたいなものです。経絡の作用は「生理作用」「病理作用」「治療作用」の3つにわけられます。上記の気血水が流れる経路としての働きが「生理作用」になります。ところが経絡が何らかの病因物質によって塞がれてしまうことがあります。そうなってしまうと気血水がその先へ行けなくなってしまいます。当然、気血水が行きわたらなければ様々な症状がでてきます。その中に脳卒中も含まれます。

 

《五臓六腑》

さて、次は内臓です。よく「五臓六腑にしみわたる」などといいますが、この五臓六腑が東洋医学の考える内蔵のことです。西洋医学のそれとは異なり東洋医学では内臓を物体として区別 するのではなく、働きで区別します。六腑は飲食物の消化吸収を行い、五臓が栄養分から「気血水」を作ったり運んだり貯蔵をしています。

具体的に五臓とは「肝」「心」「脾」「肺」「腎」があり、六腑には「胆」「小腸」「胃」「大腸」「膀胱」「三焦」があります。先程の働きの他にも五臓六腑には沢山の働きがあります。

しかし、各々の臓腑には西洋医学と同じような働きをするものや、全く違う働きをする臓腑もあります。それは、西洋医学と同じ臓腑の名前を使ってはいますが、冒頭で説明したように中医学では臓腑の働きに注目しておりますので、名前が同じでも全く同じ物を指しているわけではありません。私もそうですが、こういったところが皆さんが混乱してしまうところだと思います。ですから、今から脳卒中に関係のある臓器ついて説明をいたしますが、名前が同じでも西洋医学のそれとは違う物という認識で(別 物と思って)これから先を読まれた方がよろしいかと思います。

では、脳卒中に関係の深い臓器の生理作用の説明を始めます。

 

『心』

心は横隔膜の上やや左にあります。生理作用は血脈を主る・神明を主る・神を蔵する などがあります。

心の主要な生理作用は血を全身に運ぶことと、精神活動の総括になります。心の機能活動を現す言葉に『心火』という言葉があり、生体全体の機能活動を促進する作用があります。ところが、情志失調などにより心火が亢進してしまうことがあります。この心火の亢進が脳卒中の病因となることがあります。

 

『肝』

肝はお腹の右上部にあります。肝の働きは西洋医学のそれとはかなり異なり、疏泄を主る・血を蔵す・目の働きを維持する・筋を主る などがあります。

肝の主要な働きは蔵血と疏泄で、これらは脳卒中と深く関係します。肝に蔵血されている血のことを肝血(かんけつ)と呼び、他の血と区別 して表すことがあります。

疏泄の「疏」は疎通(流れが通じる)「泄」は発散を意味します。疏泄とは気の運行や消化活動の促進・精神状態を安定などの作用があります。さて、ここで気の運行の調整に注目したいと思います。気は、体内で行なわれる昇ったり降りたりの上下運動と、体内と外界の間で行われる発散と収納といった出入り方向の運動が基本となって行われています。この様な「上・下・出・入」の運動を「昇降出入」といい、肝の疏泄作用は昇降出入対してスムーズに運動できる様に調整をしているのです。特にこの昇らせる作用(昇発作用)が脳卒中の起因に深く関係しますのでよく覚えておいて下さい。また、陰陽論では気は陽に血は陰に属します。このことから肝の気を「肝陽」と言う場合もあります。

又、肝はノビノビした状況を好みます。ですから、過度のストレスや怒りは肝を損傷してしまい、肝の機能低下や過度な機能亢進をまねきます。

 

『脾』

横隔膜の下やや左側にあります。生理作用としては、運化を主る・昇清を主る・統血を主る・肌肉を主る・四肢を主する などがあります。

この中で脳卒中に関係がある作用は、運化作用です。運化作用とは消化と吸収のことで、具体的には飲食物から栄養分とそうでない物を分別 し、栄養分は吸収して肺に送り、そうでない物は大腸に送ります。脾が吸収した栄養分から気血は作られますので、脾の運化作用の低下は気血の不足をまねいてしまいます。 又、「思は脾の志」とされていて、脾は思い悩むと損傷され易い臓器です。

その他に「甘は先ず脾に入る」と言われ、甘味には脾胃を調和してくれる作用がありますが、甘味の食べ過ぎは湿を生み、脾胃を損傷させ作用低下をまねきます。

 

○肝と脾の関係○

中医学は陰陽五行論という考え方を基本としています。陰陽五行論とは陰陽論と五行説という中国の古代哲学を合わせた考え方です。五行説とは世の中の全ての物は「木」「火」「土」「金」「水」の五つの性質に分けることが出来、さらにお互いに影響しあいながらバランスを保っていると言う考え方です。そして肝や脾も五行説によって「肝は木の性質・脾は土の性質」に分類できます。自然界を見てみると、木は土から栄養分を奪っています。これは「木は土を克す関係」と解釈し、木克土(もっこくど)といいます。この関係はこのまま肝と脾の関係に置き換えられます。つまり、「肝が脾を克す関係」です。もう少しこの関係を具体的に説明すると、先ず、健康な状態のときは肝が脾を克すことにより、脾の作用が過度になるのを肝が抑えてくれています。ところがバランスが崩れた状態では肝が脾を抑えすぎてしまい脾を損傷させてしまうことがあります。脳卒中の病機の中にはこの木克土によるものもあります。

 

『腎』

腰の位置で背骨の両脇に1対存在します。生理作用としては、精を蔵す、先天を主る、生殖を主る・水を主る・納気を主る・二陰を主る・骨を主る、骨髄を生ずる などがあります。

この中で、腎に蔵されている精に注目してみましょう。精とはとは生命活動の根本をなすもので、両親から受け継ぐ「先天の精」が、生後飲食物から作られる「後天の精」の滋養をうけて形成されます。精は腎に蔵されていることから「腎精」とも呼ばれています。精には腎陰と腎陽があり、これらは腎中の精気を基盤としています。腎陰は臓腑・組織を潤し滋養している陰液の根源となります。例えば、加齢に伴いこの腎陰の不足が起きることがあります。すると組織を潤す作用の不足が起こり、肌のカサツキや更年期では「のぼせ」が発症するわけです。脳卒中は老化に伴う腎陰の不足が病因となることがあります。

 

 

中医学の生理観はご理解いただけたでしょうか?我々が慣れ親しんでいる西洋医学とは大分違っていたと思います。最初はなかなか理解するのは難しかったり、抵抗があったりすると思いますが、生理観の概念が違うからこそ西洋医学で治らなかった病気を中医学で治すことができるわけです。

それでは次に生理観の他に中医学の独特の考え方をするものを少しだけ紹介します。これも中医学を理解する上でとても大事な予備知識になります。

 

《病因》

病因とは病気となる原因のことです。中医学ではこの病因を「外因・内因・不内外因」の3つに大別 します。

『外因』とは身体の外の環境が病因となるものをさします。これらは六淫と呼ばれ「風・湿・熱(火)・暑・寒・燥」の6種類あります。また、それぞれに「邪」を付けて「風邪・湿邪・熱邪・暑邪・寒邪・燥邪」と呼びます。

この中で脳卒中と関係があるのは「風邪」「火邪」「湿邪」です。

 

「風邪」

風の特性の一つに「善く(よく)行り(めぐり)数々変じる」とあります。これは、風は遊走性や変化に富むことを意味します。又、自然界では風が吹くと枯葉などは高く舞い上がります。体内でもこれと同じ事が起こります。風邪が人体を襲うと、人体の上部である頭を犯すことがあり脳卒中の病因となります。

 

「火邪」

自然界では、火は熱を生みます、熱は上昇する性質を持ちさらに風を生みます。体内でもやはりこれと同じ事がおこります、つまり、火熱は上へ上へと昇って行き頭顔面 部を犯します。また、火熱は容易に風を生んでしまいます。中医学は天人相応という考え方を基本にしています。これは人間も大自然の一部という考えで、自然界で起こる現象は体内でも同じようなことが起こるという考えにつながります。自然界で火が風を生むように、体内に入って来たり生まれた火熱は、体内で風を生むと考えるわけです。これも、脳卒中を引き起こす病因になります。

 

「湿邪」

体の中の不必要な水分を言います。湿は、重い・粘度が高い・人体の下部を襲いやす・気の流れを妨げる・などの性質があります。この中で脳卒中に特に関係があるのは、重い・粘度と気の流れを妨げることがあげられます。

衣類が水に濡れると重くなるように、湿が体内に入ると体が重くなります。空気中の湿気が増える梅雨時期に体が重くなる方がいますが、これは空気中の湿気が体内に入り込んでしまっている状態です。又、自然界でも清らかな水に比べ、川の淀みなどの濁った水は粘ついていますよね。これと同じように体内の湿も粘ついています。ですから湿に犯されると泥状便といって大便が粘ついたりします。また、粘度が高いので一度体に入るとへばり付いてなかなか取れにくい特性があります。

湿は重く粘りけがあるので、湿が経絡に入り込むと気の流れを妨げてしまいます。この状態を「気機の阻滞」といい、脳卒中の原因となります。

 

『内因』とは過度の精神状態が病因となるものをさします。これらは「喜・怒・思・悲・恐・憂・驚」の7種類あります。これらは七情と呼ばれます。七情は健康な方も持っていますが、これらの感情が過度であったり、長時間持続的に続く場合は正常ではありません。この様な状態を「情志失調」といい、病因になってしまいます。現代医学では感情の変化と内臓の相関関係はまだ認められていませんが、中医学では感情の変化が各臓腑と深く結びついており、情志の失調が臓腑の働きに障害をおよぼすと考えています。というわけで、この七情が病因に含まれているのです。ではせっかくですから結びつきの深い五臓と七情のペアーを紹介しましょう。

 

喜⇔心 怒⇔肝 思⇔脾 悲⇔肺 憂⇔肺 恐⇔腎 驚⇔腎

これらのペアーはお互いに刺激しあいますので、五臓に異常が発生すれば感情も変化し、逆に過度な感情は臓器を障害してしまいます。この関係の中で、特に脳卒中と関係の深いペアーは「怒⇔肝」と「思⇔脾」になりまので、この関係についてだけもう少し説明いたします。

 

○怒は肝に属し、怒り過ぎると肝を傷る(やぶる)○

「肝」の生理でも触れましたが「肝」はノビノビした状況を好みますので、過度の怒りは「肝」を損傷してしまうわけです。

 

○怒れば則ち気は上がる○

これも「肝」の生理で触れましたが、「肝」の疏泄作用のところで気を上に昇らせる昇発作用というのがありました。怒りや興奮のし過ぎはこの昇発作用を過度にさせてしまいます。その結果 、気が過度に上行してしまう「肝気の上逆」という状態になってしまいます。また、気の生理作用で血流の促進をしている推動作用というのがありました、昇発作用気が過度になることにより気の推動作用も又過度になってしまいます。その結果 気は血を伴い急激に頭の昇ってしまいます。よく「頭に血が昇る」といいますが、この様な状態です。もっと酷いと、急に卒倒し手足を触ってみると冷たくなっていたりする状態を引き起こします。たまにテレビなどで、ご老人がパチンコ屋さんで大当たりして興奮しすぎて、卒中を起こしたなどといったニュースが流れますが、まさにこの状態です。

 

○思は脾に属し、思い過ぎると脾を傷る○

思とは思考・思慮のことをさします。正常な思考は悪い影響は与えませんが、過度の思慮は脾を損傷してしまいます。

 

○思えば則ち気は結ぶ○

思慮により精神疲労が過度になると、気の流れがスムーズでなくなり、脾の運化作用に影響がおよび食欲不振や消化吸収障害が発症してしまいます。これらの症状は栄養素の摂取の障害につながり、ひいては気血不足を起こします。

 

○心と肝○

心と肝は精神活動に深く関与していることは五臓の生理で説明しました。このことから心と肝は精神的要因でおこる病変に対しては相互に影響し合っています。

 

『不内外因』とは内因・外因のどちらにも属さないものをさします。これらは「不節な飲食・外傷・寄生虫・過労・運動不足」などがあります。

特に脳卒中の病因となるものは「不節な飲食」と「過労」が挙げられます。

 

「不節な飲食」とは食べすぎ・飢え・偏食・不衛生な物の飲食があります。この中の偏食に注目してみましょう。

偏食には、「肥甘厚味の過食」「辛辣の過食」「生冷の過食」「飲酒の過度」があります。この中で「肥甘厚味の過食」と「過度の飲酒」が脳卒中の病因になりますので少し説明をします。

「肥甘厚味」とは甘い物・味の濃い物・油っぽい物・といった食物をさします。これらの食物は湿や痰や熱を生みやすく、脾や胃を損傷させてしまいます。

又、「過度の飲酒」は湿熱を生み、脾胃を損傷します。

 

《病位》

病んでいる部位のことです。これも中医学の独特の考え方で、例えば風邪のひき始めなどでは、外邪はまだ体表にいます。したがってこの場合の病位 は体表を指します(表)。しかし、風邪をひいてもそのままにしておけば、やがて外邪は体内に入り込みます。この場合の病位 は体内になります(裏)。それでも放っておくと、やがて脾や腎といった臓腑が損傷をうけます。この場合の病位 は脾や腎といった具合に損傷をうけた臓腑になります。

 

《弁証》

中医学では病気の種類を「証」(しょう)と言います。その「証」を見極めることを「弁証」と言います。つまり、弁証とは簡単に言えば病気の原因や性質や状態などを見極めることです。もう少し具体的に説明しましょう。

先程「生理観」のところでも述べましたが、健康であるためには「気・血・水」が適量 であり、スームーズに流れていなくてはなりません。もし、その中のどれかのバランスが崩れると、重度・軽度はありますが、何らかの不調が現れてきます。

弁証とは、何が原因で・何が・何処で・どの様に・バランスを崩しているのかを見極めるのです。

皆さんの中には「病証」とは現代医学の「病名」のことと思われる方もいらっしゃると思いますが、実は似ているようで少し違うのです。例えば現代医学で○○病と言われれば、その病名によって治療法が決まり、同じ病名の患者さんであれば基本的にはみな同じ治療が施されます。しかし「証」となると、もっと細かい分類になります。今回の脳卒中でも、中医学の弁証では数種類に分類され、すべて処方される漢方薬や、使用するツボも異なってきます。ですから、「弁証」とは病気を診るものではなく、あくまでも体の中のバランスの崩れを診るものなのです。

 

さて、実際の治療では、患者さんの弁証が出来たら、次に治療方針を考えます。

 

《治則と治法》

中医学の治療理論は治則と治法に分けられます。

治則とは治療の根本的な原則で、標治と本治と標本同治の3種類あります。

治法とはそれぞれの疾患に対しての具体的な治療法のことです。

簡単に言えば、治則は治法を導き出すための大原則です。つまり、「弁証」により病気の状態がわかり、次に「治則」による治療の方向性を出し「治法」で具体的な治療法を考えるのです。そして最後に「治法」にそって漢方薬は処方され使用するツボが決まるのです。

 

《【理・法・方・薬(穴)】という大原則》

『理・法・方・薬(穴)』とは中医学での診察から治療までの流れを表す言葉です。

 

「理」とは理解と言う意味で、具体的には「弁証」により病気を理解することをさします。

 

「法」とは弁証に基づいて治療方針を決定します。

 

「方」とは治療方針にのっとった漢方薬の処方やツボの選穴になります。

 

「薬(穴)」とは薬やツボの知識をさします。

 

つまり、本来の臨床の現場では「弁証」が立てられ、「弁証」に基づいて治療方針を決定して、それに沿った処方や選穴がしっかりした漢方薬やツボの知識により行われるのです。逆を言えば、「理・法・方・薬(穴)」の大原則に沿って行われる治療が中医学の治療となります。

 

問診もろくにしないで痛い所やコリが在る所に針を打ったり、この疾患にはこのツボといったような短絡的な選穴の仕方のみの治療は本来の中医学(東洋医学)ではありません。

 

さて、中医学の予備知識もだいぶ頭に入ってきたところで、本題の脳卒中に入りましょう。

当院は予約制となります

  • まずはお電話でご相談ください。

  • 0088-221818

診療時間

9:00~
12:00
13:00まで
14:00~
16:30

※ 火曜日・水曜日・木曜日が祝祭日の場合は午前診療となります。
※ 当院は予約制です。

アクセス

〒180-0002
東京都武蔵野市吉祥寺東町1丁目17-10

院内の様子