★★中医学から診た排尿障害★★
** 初めに **
中医学は独自の理論によって構成され、専門用語を多く使用します。
それらの理論や用語は現代医学に慣れ親しんでいる我々にとっては非常に難解で馴染みづらいものであります。
そこで、先ず、中医学による排尿障害の説明を読まれる前に、
「病気別・わかる東洋医学診断」に掲載されている
「わかりやすい東洋医学理論」をお読みになって、予め東洋医学の概念的なイメージを掴まれてから、この後を読まれることをおすすめいたします。
これ以降については、説明を出来るだけ簡素にするため、皆様が「わかりやすい東洋医学理論」を読まれているという前提で説明させて頂きますので、ご了承下さいませ。
さてここでは、中医学による排尿障害を理解するために、「わかりやすい東洋医学理論」をもう少し補足したいと思います。
★排尿障害を理解するために必要な基礎知識★
≪気血水≫
「気・血・水」の概念については、既にご理解されておられると思います。
ここではもう少し詳しく説明します。
〈気〉
「推動作用」や「栄養作用」・・・といった気の作用については、「わかりやすい東洋医学理論」で説明してありますので、ここでは気の種類を説明します。
気の種類には「元気」「宗気」「衛気」「営気」「臓腑の気」「経絡の気」があります。
この中で「排尿障害」に特に関係があるのは「宗気」です。
「宗気」は推動作用が強く、心拍運動を促進したり、気血をスムースに流す働きをしています。
健康な人の「気」はスムースに流れていなければなりませんでした。
何らかの原因で「気」の流れが滞ってしまうことがあります。
このような状態を「気滞」といい、様々な病態をまねいてしまいます。
排尿障害もこの「気滞」によって起こる場合もあります。
〈血〉
「気」と同様に、健康な人の「血」もスムースに流れていなければなりません。
もしその流れが滞ってしまうとどうなってしまうのかを考えてみたいと思います。
中医学では血の流れが滞ることを「オ血」といいます。
「オ血」は経絡や臓腑で滞る場合と、経絡から出て滞る場合があります。
「オ血」の原因は大きく分けて、「気の不足(気虚血オ)」「気の滞り(気滞血オ)」「血への寒の侵入(血寒血オ)」「血への熱の侵入(血熱血オ)」の4つがあります。
オ血が原因となる排尿障害は、「気滞血オ」と「血熱血オ」よる場合の2パターンがあります。
では、「オ血」になるとどの様な状態になるのか紹介しましょう。 |
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① |
疼痛の出現・・・・中医学では「通 ずれば則ち痛まず・不通なれば則ち痛む」と言い、流れていなければならない物が滞ると、痛みが生じます。 「オ血」の疼痛の特徴は、刺痛と固定痛です。 |
② |
腫塊を生じます・・・「オ血」は腫塊を生じます。 「オ血」の腫塊の特徴は固定して移動しません。又、押さえると強い痛みを発します。排尿障害では「オ血」の塊が尿道を塞ぐことが原因となります。 |
③ |
その他としては、出血をさせたり、血の色が暗紫色であったり、生理の時に血塊が混じったりします。 又、「オ血体質」の方の顔色は浅黒く、乾燥し、光沢が無く、キメが荒かったりします。 |
〈気と血の関係〉
気の種類と作用で説明した「宗気」と「推動作用」を覚えていますか?
「推動作用」には血脈や経絡の流れを促進させる作用がありました。
「宗気」は推動作用が強く、心拍運動を促進したり、気血の運行を主っていました。
つまり、血がスムースに流れるためには気の働きが必要になります。
ですから、気の不足や気の滞りは「オ血」をまねきます。
〈気血水の陰陽分類〉
「わかりやすい東洋医学理論」で陰陽論の概要の説明があったと思います。
ここでは「気血水」を陰陽で分類してみたいと思います。
「気血水」を陰陽で分類すると、「気」は『陽』に、「血」「水」は『陰』に属します。
『陽』の特性の1つに温める作用があり、『陰』には冷す作用があります。
例えば、腎の中で体を温める働きを「腎陽」と言ったり、脾の中で温める働きを「脾陽」といいます。「脾陽」については消化吸収の働きに深く作用します。
一方、血や水が属す『陰』は、熱を抑えたり、肌を潤す働きがあります。
血や水が少ない状態を『陰虚』といいます。
この様な状態になると肌が乾燥したり、体内で熱が生じてしまいます。
又、上記のように陰虚によって生じる熱を、「虚熱」といいます。
≪病因≫
病気を起こす原因のことを病因と言いい、中医学ではこの病因を、外因・内因・不内外因の3つに大別 いたしました。
さて外因の中には六淫がありましたね。その六淫の中の「湿邪」と「熱邪」が排尿障害の原因の大素になります。
又、「湿」や「熱」は外因ばかりではなく、「飲食不節」により体内で生まれてしまうこともあります。
〈湿〉
『湿』とは外因に含まれる「湿邪」と、体内にある不要な水分の「湿」の2つをさします。
外因(外邪)で言う場合の「湿邪」とは空気中にある、過度の湿気をイメージしていただいて結構です(梅雨時期の空気など)。
健康な体は「気血水」が適量でなくてはなりませんでした。
ですから、外邪の「湿邪」が体内に過度に侵入してくると、余分な水分となってしまい体調を崩してしまうのです。
「湿」の特性には「重い」「粘性」があります。
体内で湿はその「重い」という特性から、下部である膀胱や足へと移行しやすくなります。
よく、梅雨時期に足が浮腫んだり、体や足が重だるく感じる方が多いと思います。
これは、梅雨時期の空気は多湿になりますので、湿邪が体に入りやすい季節となります。
体に入った湿は、その「重い」という特性から下部へと移行しやすいので足を浮腫させたり、重だるさを感じさせたりするのです。
更に湿の粘性の性質から、体内に入り込んだ湿は気血の流れを阻滞させてしまいます。
又、湿は陰陽で区分すると陰邪に属します。
陰邪は陽の気を損傷する性質があり、特に脾の陽気(脾陽)を損傷してしまいます。
脾陽は消化吸収や栄養分を上昇へ送る働き(運化作用・昇提作用)をしており、脾陽の損傷も排尿障害の原因となります。
又、「湿」は体外から入って来るものばかりではなく、「飲食不節」に含まれる「肥甘厚味の過食」によって体内で生まれることもあります。
体内に侵入して来たり、体内で生まれた「湿」は体外に上手く排出できないと、体内で滞りを起こします。
気や湿は滞りを起こすと熱化する性質があります。
この様に熱化した「湿」を『湿熱』と言います。
「飲食不節」に含まれていた「過度の飲酒」は体内で『湿熱』を生みます。
又、外邪の時点で「熱邪」と「湿邪」が合わさって、体内に侵入してくる場合もあります。
このような場合を『湿熱』の受感と言います。
いずれの場合も『湿熱』は排尿障害の原因となりますので、是非覚えておいて下さい。
〈熱邪〉
熱邪は夏に多く出現します。皆さんにもイメージしやすい外邪だと思います。
熱邪の特性としては、その熱により体内の水を消耗させてしまいます。
そのため、咽の渇きなどの症状が現れます。
又、熱は血に入ると血を動かし出血させる特性があります。
お風呂などで、のぼせて鼻血が出る場合がこれに当てはまります。
〈内因〉
病因の中の内因には七情がありました。
七情は健康な方も持っていますが、これらの感情が過度であったり、長時間持続的に続く場合は「情志失調」と言い、病因になりました。
長期や過度のイライラやストレスは情志を抑鬱状態し、肝の気の流れを滞らせてしまいます。
この様な状態を、「肝気鬱滞」と言い、排尿障害をまねきます。
〈不内外因〉
不内外因にも様々なものがありましたが、この中で排尿障害と関係があるのは 「飲食不節」と「疲労」があります。
「飲食不節」に含まれている「肥甘厚味の過食」は『湿』を「過度の飲酒」は『湿熱』を体内で生むことにより「排尿障害」をまねきます。
又、「過度の疲労」は、脾を損傷させることにより「排尿障害」をまねきます。
≪五臓六腑(内臓)≫
排尿障害に関わる五臓六腑の働きを理解するには、先ず正常な体内の水液代謝についてイメージを持っている方が理解しやすいので、先ず正常な水液代謝から説明したいと思います。
水液代謝についても、中医学独特の考え方をしますので、皆さんの常識は一度封印してこれから先をお読み下さい。
=中医学的な水液代謝= |
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①、 |
口から入った飲食物(水分)は胃に送られ小腸に送られます。 |
②、 |
小腸は運ばれてきた飲食物(水分)を人体に必要な物(清)と不必要な物(濁)に分けます。(必別 清濁といいます) その後、必要な物は脾に送られ、不必要な物の中で水液は膀胱へ、そうでない物は大腸へ送られ、排出されます。 |
③、 |
脾は小腸から送られてきた体に必要な物(清)から有益な水液を吸収し肺へ送ります。 |
④、 |
肺は送られてきた水液を全身へ行き届かせます。 肺は身体の中では比較的上の方にありますので、水液を全身へ行き届かせるには都合がよいのです。 |
⑤、 |
全身を巡ってきた水液は腎臓に集められます。 そこで再利用出来る物は再吸収し、再度肺に戻します。不要な物は膀胱に送ります。 |
⑥、 |
膀胱へ送られてきた不要な水液は尿に変えられ排出されます。 また、膀胱へ運ばれる前の不必要になった水液は汗として排出される場合もあります。 |
これが大まかな体内の水液代謝の流れになります。
水液代謝に関わる主な臓腑は今の説明に出てきた脾・肺・腎が主役となり、それを補助する臓器として三焦(さんしょう)・膀胱・肝・心などが関与してまいります。
三焦とは、水液が流れる通路みたいなもので、現代医学には存在しない物です。
それでは次に各臓腑について説明してゆきましょう。
≪肺≫
肺の主要な生理作用に「宣発・粛降」と「水道通調」があります。
ここで先程説明した水液代謝を思い出してみましょう。
脾から送られてきた有益な水液は、肺によって全身に散布され腎へと降ろされておりました。
これら一連の流れが「宣発・粛降」になります。
【宣発】
「宣発」とは宣布・発散の意で、広く発散させ行渡らせるという意味です。
水液・栄養物・気や濁気などを全身へ散布することです。
この働きにより脾から送られてきた、有益な水液は宣発作用によって全身へ散布されるのです。
又、濁気や汗はこの働きによって排出されます。
宣発作用の失調は、皮膚の乾燥・抵抗力低下・疲れやすい・各種の機能低下・汗が出ない・などの症状が現れます。
【粛降】
「粛降」の「粛」は清粛・粛清を意味し、「降」は下降を意味します。
粛降とは気や水液などを下部に輸送する作用です。
肺の宣発作用によって散布された有益な水液は粛降作用によって全身へ渡り腎へと送られます。
粛降作用の失調は、腎に気が届かなくなったり・不要な水液が体内に溜まったり・むくみ・息切れ・疲れやすい・尿量 減少・汗が止まらない・などの症状が現れます。
「肺は宣発・粛降を主る」と言われ、宣発・粛降といった作用を用いて水液や気を全身へ巡らせております。
【水道通調】
「水道」とは、先程水液代謝で説明した、脾→肺→全身→腎→膀胱→排出
といった一連の流れの全通路を指します。
「通調」の「通」は疎通を意味し、「調」は調節を意味します。
肺は先程の宣発・粛降といった作用を用いて水道の流れがスームースに流れるように調節しております。
このことを「水道通調」といいます。
水道通調の失調は、むくみ・汗が出ない・といった症状が現れます。
≪脾≫
脾の主要な生理作用として「運化作用」と「昇清作用」があります。
【運化作用】
「運化作用」の『運』は転運輸送で、『化』は消化吸収を意味します。
つまり、飲食物から栄養分を吸収して、全身へ運ぶ作用です。
先程説明した水液代謝の説明をもう一度思い出してみましょう。
飲食物は口から胃を通り小腸に運ばれます。
小腸では体に必要な物と不要な物が分けられ、必要な物は脾に運ばれます。
脾はそこから有益の物を吸収して肺へ送り、肺から全身へと送られ、腎へ集められていました。
これらの口から始まって腎までの一連の流れが「運化作用」です。
脾の主要な生理作用は運化作用ですから、脾はこれらの働き全てを管理しているのです。
つまり、運化作用とは、栄養分を吸収し、それを全身へ送り届ける作用とイメージしてください。
運化作用は栄養分を吸収する働きがありますので、脾が損傷してしまうと気血を作る能力が低下してしまい、気血の生成不足をまねきます。
その他の運化作用の失調の症状には、食欲不振・下痢・軟便・むくみ・などがあります。
【昇清作用】
先程の説明にあったように脾は小腸から送られてきた必要な物から、有益な物を吸収して肺へ送っておりました。
肺へ有益な物を持ち上げる作用が「昇清作用」です。
「昇清作用」が失調を起こすと、有益な物が肺まで持ち上げることが出来なくなってしまい、めまい・ふらつき・などが起こります。
因み、この持ち上げる作用には、臓腑や器官を正常な位置に保つ作用もあります。
この様な場合は「昇提作用」と言い、「昇提作用」の失調は胃下垂や脱肛などが現れます。
ところで先程「湿」の特性の説明で、「湿は重い」と述べました。
例えば皆さんが濡れた洋服を着たら、とても重いと感じるでしょう。
これが「湿は重い」ということです。体の中でもこれと同じ事が起こり、湿は全ての物を重くします。
さて、脾には昇清作用や昇提作用といった物を上に持ち上げる働きがありました。
湿が体に入ってくることによって、脾に持ち上げられ物が重くなってしまったらどうなるでしょう?
昇清能力や昇提能力は下がってしまいます。
したがって脾は「喜燥悪湿」と言い、乾燥を好み湿気を嫌います。
逆を言うと、脾は湿によって損傷されやすい臓器であります。
ですから、「飲食不節」に含まれる「肥甘厚味の過食」や「過度の飲酒」は体内で「湿」や「湿熱」を生み、最終的に脾を損傷させることになります。
この他に脾を損傷させる要因となるものには、過度の疲労や長患いによる体質虚弱などがあげられます。
《肝》
肝の排尿障害に関係する、生理作用は「疏泄(そせつ)」です。
疏泄の「疏」は流れが通じるという意で、「泄」は発散や昇発の意です。
疏泄を一言で言うと、気血の運行・消化機能・情志の活動 などをスムースに行わせる働きをいいます。
肝は五行学説では「木」に属し、スムースで秩序だった状況を好みます。
ですから、肝は疏泄作用で上記の働きの促進をしているのです。
この中で、特に排尿障害に関与するのが、気血の運行の促進です。
気血の運行がスムースであるからこそ、他の臓器の機能が正常でいられるのです。
先程も述べましたが、肝はスムースで秩序だった状況を好みます。
もし、過度のストレスやイライラにさらされると肝の気は滞りを起こします。
肝の気の滞りは「肝鬱」といい、このような状態だと、正常な「疏泄」が出来なくなり様々な臓器の機能低下や機能失調をまねきます。
〈腎〉
腎は排尿にとってとても繋がりの深い臓器ですので、しっかりイメージを作ってください。
腎は「水を主る」と言われ、体内の水液代謝には大切な臓器です。
腎は全身を巡ってきた水液を必要な物と不必要な物にわけ、それらを吸収して肺に戻したり、膀胱へ送ったりしています。
更に、先程説明した水液代謝は全て腎の気化作用によって保たれております。
そしてこの気化作用を支えているのが腎陽というものです。
これは、腎の働きを「陰」と「陽」で分けた場合の「陽」の働きを指すことばで、身体を温める働きである「温煦作用」をさします。
ですから体内の水液代謝は腎の「温煦作用」によって支えられていると言っても過言ではありません。
そういったことから『腎は水を主る』と言われるのです。
又、「腎は骨を主り・髄を生じ・脳に通ず」と言われます。
腎は髄を生み、髄は骨を滋養します。
ですから、腎の損傷は髄の生成不足をまねき、髄の不足は骨の滋養不足をまねきます。
骨の栄養不足は「腰膝酸軟(ようしつさんなん)」といって、腰や膝をだるくさせたり、痛みを生じさせてしまいます。
ですから腎は『腰の府』とも言われております。
さらに髄は「骨髄」と「脊髄」に別れます。「脊髄」は脳とつながります。
中医学では脳は髄が集まっていると考えます。
更に「腎は二陰(又は二便)を主る」と言われます。
二陰とは前陰(外生殖器)と後陰(肛門)を指します。
腎には固摂作用により尿や精子を漏らさないようにしております。
腎が損傷を受けて固摂作用が無力となると、精子や尿が漏れ出てしまい、尿失禁や滑精などを起します。
このことを腎気不固といいます。
腎を損傷させる要因には、老化や長患い、過度な性交渉などがあげられます。
〈膀胱〉
膀胱の主な生理作用は貯尿と排尿です。
膀胱の「気化作用」により尿は体外に排出されます。
「気化作用」は細かく分けると、「気化作用」と「制約作用(約束)」にわけられますが、通 常はこれらをひとまとめにして「気化作用」と言ってしまいます。
膀胱が失調を起こした場合、「気化作用」が失調を起こすと、排尿困難・排尿障害・尿閉といった症状が現れ、「制約作用」が失調を起こすと頻尿・失禁といった症状が現れます。
いずれにしても膀胱の機能が正常に保たれるのも、腎陽の温煦作用と水液調節作用の助けが必要です。
ですから腎の失調は膀胱の機能失調を起こし排尿障害の原因になります。
<三焦>
三焦は現代医学にはない概念ですので、最初は理解するのに抵抗があるかもしれません。
三焦とは体内にあり、体内の水液や気が流れる通路とイメージして下さい。
あえて現代医学に例えると、リンパ管・汗腺・涙腺・といったような物ですが、全く同じ物ではありません。