コラム

2019-03-11
【内科疾患】脳卒中4・中医学臨床編

さて、中医学の予備知識もだいぶ頭に入ってきたところで、本題の脳卒中に入りましょう。

 

 

▼中医学から見た脳卒中▼

中医学では「脳卒中」のことを『中風』といいます。脳卒中は急に発症し変化も早く、外邪の中の「風邪(ふうじゃ)」の特性に似ていることから『中風』と名付けられたそうです。

中風は病位や病状の程度により『中経絡』と『中臓腑』に分類され、弁証と治療が行われます。

 

=原因と発症までの機序=

中風の多くは、体内のエネルギー(気・血・水)の不足やアンバランスな状態があり、それに、主に下記の4つの誘因が加わることによって発症します。

1.老化

2.情志失調

3.濃厚な物の食べ過ぎ

4.気や血の不足

 

次に以上の誘因が、どの様な機序で脳卒中を起こすのかを説明してゆきましょう。

 

【老化や過労による中風】

老化に伴い腎陰の不足と肝血の不足がおこることがあります。これを「肝腎陰虚」といいます。腎陰も肝血も体を潤したり冷却したりする作用があります。これらが不足してしまうことにより、肝陽を抑えづらくなり肝陽が亢進しやすくなります。陰陽の関係の一つにお互いを抑制し合うことによって全体の平衡を保つ働きがあります。ですから陰が虚せば、おのずと陽が亢進してしまうのです。特にこの場合は肝陽が非常に亢進してしまいます。陽気は温める作用がありますから肝陽の亢進は熱を生んでしまいます。熱は風を生みますので、肝陽の亢進により生まれた熱が生んだ風のことを「肝陽化風」といいます。熱と風は通 常上に上がります。熱によって生まれた風は気血を伴って頭まで上がり、脳が蒙閉されて中風が発症します。

また、これらを更に亢進させる要因として過度の思慮や過労があげられます。過度の思慮は脾の生理作用を損傷し気と血の不足(気血両虚)が起こします。気血両虚は真気の不足をまねきます。{真気とは気の本質をさします。この場合は生命エネルギーと理解してください。}

過労などの要因は、人体の下部で陰が虚してしまいます。先程も述べたように陰虚は陽気の亢進をまねきます。

 

【情志失調による中風】

心の生理でも述べましたが、情志失調により心火の亢進が起こることがあります。

また、病因のところで説明しましたが、心と肝は精神的要因の病変では相互に影響し合います。ですから腎陰が虚しての肝陽の亢進はさらに心火の亢進を誘発させることもあります。これらにより、熱が生まれ、風が生まれます。熱や風は気血を伴い上部である頭を犯し中風が発症します。

 

【濃厚な物の食べ過ぎによる中風】

濃厚な食べ物とは、病因の中の一つの飲食不節に含まれている「肥甘厚味の過食」を指します。先程も説明しましたが、肥甘厚味の過食は湿や熱を生みやすく、脾胃を損傷します。脾の作用に「運化」というのがありましたね。簡単にいうと運化とは消化吸収でした。

肥甘厚味の過食で生まれた湿や熱によって脾胃は損傷し、消化吸収能力が低下するとことにより、飲食物からの余分な水分などが体の中に貯留してしまいます。この余分な水のことを「湿」と呼びました。つまり、肥甘厚味の過食で生まれた湿や熱が脾を損傷することによって、更に湿を生むということです。しかも、湿が長時間にわたり停滞すれば今度は熱が生まれましたね。正に悪循環な状態です。

さて、長期にわたり体内に停滞し重濁の性質を持ち病気の原因となりうる「湿」のことを『痰湿』とよびます。この痰湿が長期間鬱積することにより熱化し、それが経絡に阻滞し中風をまねきます。

また、肝の陽気を亢進させやすい状態でもあります。肝と脾の関係で説明したように、肝は脾や胃を犯し易い性質を持ちます。脾は肝から損傷を受けたことにより運化作用の低下が起こり「湿」を生んでしまい、ここでも悪循環を作ってしまいます。

 

【気や血の不足による中風】

気や血が不足すると、それらが流れる通路である経絡の中に隙間ができてしまいます。すると風邪(ふうじゃ)が乗じて経絡に影響をおよぼし、気血が阻滞し肌や筋肉が栄養されなくなってしまいます。その結果 、口元や目尻に歪みが生じます。

 

中風の病気の機序は大きく上記の4つになります。ご理解できましたでしょうか?西洋医学のそれとはだいぶ概念が違うことがわかっていただけたとは思います。

次は、症状について説明を始めたいと思います。

 

 

=症状・証分類=

次は症状と証分類です。症とは、病気の種類のことです。

中風と一言で言っても、冒頭で述べたように先ず病位や程度により軽症の「中経絡」と重症の「中臓腑」に大きく2つの種類に分け、更に中臓腑については症状により「閉証」と「脱症」に分けられます。

では、証分類と症状を紹介しますが、症状については症状だけでなく、機序についても簡単に説明したいと思います。(もし、説明の内容で使っている言葉がわかりづらい場合は、もう一度中医学の生理観と病気の機序をお読みになってみて下さい。)

 

 

◆◆中経絡◆◆

中経絡は比較的軽症な中風をさします。

 

*病位*

経絡や血脈に限定されています。

(経絡・血脈とは気や血が流れる通路みたいなもの。)

 

*主症*

片麻痺・口や目の歪み・言語が緩徐で断片的・よだれが垂れる・食べ物を飲み込みづらい・皮膚の感覚の麻痺・手足の麻痺などがあります。

これらの症状は経絡に風邪(ふうじゃ)が入り気血の運行を妨げてしまうことによって起こります。

(詳しくは【気や血の不足による中風】を参照してください。)

 

*随伴症状*

○顔や手足がしびれて重い・手の指のふるえ・めまい・頭痛

これらについては肝の陽気が亢進しておこります。

(肝陽については【老化や過労による中風】を参照してください。)

 

○顔が紅い・目が赤い喉の渇き

これらは、心火と肝火によるものです。

(心火と肝火については【情志失調による中風】を参考してください。)

 

○痰が多くなる・舌に白い苔が現れる・などがあります。

これらは経絡に風邪が入って起こります。

 

 

◆◆中臓腑◆◆

中臓腑は重症の中風をさします。

 

*病位*

関係のある臓腑まで波及してしまっています。

 

中臓腑は症状により「閉証」と「脱症」に分けられますが、先ずは共通 症状から紹介しましょう。

 

*共通症状*

突然の昏倒・意識障害などがあります。発症の機序は「閉症」「脱症」で異なりますので後述いたします。

次にそれぞれの症状を紹介します。

 

 

■『閉証』の症状■

両手をしっかり握りしめる・便秘・尿閉・顔が赤い・呼吸が荒々しく痰が出る。

舌に厚く黄色い苔があり舌自体は紅色。などがあります。

 

閉証の場合の、突然の昏倒・意識障害は肝陽が亢進することにより風が生まれ、痰や気血の上逆を起こして発症します。

(詳しくは【老化や過労による中風】を参照してください。)

両手をしっかり握りしめる・便秘・尿閉・顔が赤い・呼吸が荒々しく痰が出る。

舌に厚く黄色い苔があり舌自体は紅色。は痰熱が鬱して阻滞して風を生み発症します。

(詳しくは【濃厚な物の食べ過ぎによる中風】を参照してください。)

 

■「脱証」の症状■

目を閉じ、口を開き、手に力がなく、いびきをともなって寝る・呼吸の衰弱・汗が多い。

両頬の紅潮が続いた後に蒼白となり、大便・小便を失禁する。四肢の先端の冷え。

 

突然の昏倒・意識障害・目を閉じ、口を開き、手に力がなく、いびきをともなって寝る・尿漏れ。

これらは、エネルギーの衰弱によるもので、陰陽離決といい陰と陽の協調関係が完全に壊れた時に起こります。

呼吸の衰弱・汗が多い・大便・小便を失禁する。四肢の先端の冷え・これらもやはりエネルギー不足で起こります。亡陽といって特に陽気の不足が起きたときに発症します。

両頬の紅潮が続いた後に蒼白は、極めて重篤な状態で、陰に属している生命エネルギーの枯渇した状態です。

陰に属しているエネルギーとは血・水・精をさします。つまりこれらの枯渇を意味します。

 

☆☆脱証の症状は閉症に比べて重症で、閉症が進展したものが多いようです。

 

さて、症状による分類はわかっていただけたかと思います。次は治療の説明に入ります。

 

 

=治療=

中風の治療は証分類と病気の機序により異なります。なぜなら、今まで説明してきたように中風と一言で言ってもその病気の機序や症状は様々でした。ですから、治療もただ麻痺しているところに針を打つというものではなく、病気の原因を取り除く治療をしなければなりません。

具体的に言えば、気血の不足で起こっている麻痺であれば、麻痺をしている患部と気血を補充するツボに針を打ってゆきます。

それでは先程の証分類にそって治療の説明をしてまいります。

 

 

●中経絡の治療

中経絡の病位を覚えていますか? 中経絡の病位は経絡と血脈でした。ですから、治療方針である治法は「疏通 経絡」「調和気血」といって、経絡の通りをよくし、気血の調和をします。

使用するツボとしては、

『半身不随』では、肩グウ・曲池・手三里・外関・合谷・環跳・陽陵泉・足三里・解ケイ・崑崙 といったツボを使います。

これらのツボは陽に働きかける経絡(手足の三陽経)に所属しているツボです。「半身不随」といった運動障害は「陽気」が深い関わりをもっているためこのようなツボを使うのです。

特に、肩グウ・曲池・合谷・手三里・足三里・解ケイといったツボは気も血も多い経絡(陽明経)に属しますので、気や血の流れをよくするにはとても効果 的なツボです。

この疾患の場合であれば、気や血の流れをよくすることで崩れていたエネルギーバランスを整えることが出来、機能の回復を助けることが出来ます。

漢方:鎮肝熄風湯加減

 

『目や口の歪み』では、地倉・頰車・合谷・内庭・太衝 といったツボを使います。

これらのツボは皆「手足の陽明経」か「足のケツ陰肝経」という経絡のいずれかに所属しているツボです。

これらの経絡は足か手の先から頭顔面部まで走行している経絡です。

地倉・頰車 というツボは顔面のツボです。これらは局所的(顔面 の歪みのある部分)な気血の流れの調整のためです。

合谷・内庭・太衝は、いずれも足の先か手の甲の存在するツボです。これは遠隔取穴といって、経絡の通 りを良くする治療ではよく使用する取穴方法です。患部を走行する経絡上にあって患部から離れたツボに針を打つことによって経絡の通 りを良くするものです。

 

 

●中臓腑の治療

中臓腑の治療については、『閉証』と『脱証』に分けて説明します。

 

『閉証』の治療

閉証の病機を思い出してください。閉証は肝陽が亢進して気血が逆上しておこりました。又、体内の不要な水分が停滞して痰熱となって風を生んでいました。

そこで治療方針は、肝の気を静める「清肝」、痰を体から出す「化痰」、体内の風を鎮める「熄風」、熱を下げる「泄熱」停滞している痰などや詰まっている物を取り除いて開かせる「開竅」などを主に治療します。

使用するツボとしては、

十二井穴・水溝・太衝・豊隆・労宮 などを使用します。

十二井穴・水溝 これらは「泄熱」「開竅」の効果があります。

労宮 は「泄熱」の効果があります。

太衝は「清肝」の効果があります。

豊隆は脾と胃の気を調整して「化痰」の効果があります。

漢方:局方至宝丹・安宮牛黄丸・蘇合香丸

 

『脱証』の治療

脱証の治法は「回陽固脱」といい、「脱」とは陽気が絶えようとしている重篤な常態のことで、「回陽固脱」とは絶えようとしている陽気を回復させる治療です。

使用するツボとしては

「閉証」のツボに、関元・神ケツ(施灸)・気海・足三里 などを加えて使用します。

更に症状により下記のツボを使いわけます。

大陵・行間・天枢・上巨虚・ダン中・腎兪・命門・陽陵泉・天突

漢方:参附湯加減

 

 

以上が中医学による脳卒中の病因・病気・脳卒中の分類・治療です。いかがでしたか?

ここでご一番理解していただきたかったのは、脳卒中という病気に対して中医学では西洋医学とは違った角度から病気の成り立ちを考え、それに見合ったツボや漢方薬を使い分けて治療するということです。決して、脳卒中にはこのツボとか、この漢方薬といったものではありません。

 

さて、次は、西洋・東洋の壁を取っ払って、脳卒中で一番大切な予防について少し説明をしたいと思います。

 

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