●診察シュミレーション ~突発性難聴Ⅰ~ ●
慢性症状・難治病でお悩みの方、真の中医学(東洋医学)・真の診断と治療を理解していただけると思います。
今回と次回の2回は「突発性難聴」について2症例を紹介する予定です。
◇はじめに◇
現代医学の発展はめざましいものがあります。
皆さんも病院で検査などを受ければ、その検査データーの精密さや検査機材の進歩にお気づきになると思います。
現代医学では患者さんの病気を調べる手段に様々な検査が用いられております。
例えば、血液検査・レントゲン・CT・超音波・・・など、その症状により様々な検査がございます。
このように医師は検査データーや画像をみて患者さんの状態を把握します。
それに対して鍼灸師は上記の様な検査は一切行いません。
皆さんは鍼灸師が検査機材などを使用しないで、どうして病態を把握することができるのか不思議に思うかもしれません。
しかし、中医学による施術を行っている治療者は、現代医学と同様に患者さんの病態を把握して、治療方針を考えてから治療にあたります。
ただ病んでいる部位や痛い箇所に針を打つだけではありません。
一般的な鍼灸院の言う「東洋医学」と、我々が言う「中医学」とは全くの別 物です。
中医学の治療というのは、先ず「弁証」を立てます。
「弁証」とは簡単に言ってしまえば、患者さんの体の中の、現代医学では出てこないエネルギーバランスの崩れ具合をみて、病気の原因や性質や進行状態などを見極めることです。
「弁証」が立てられたら、それに基づいて治療方針を決め、治療方針が決まったら、それを基に使用するツボを決めていきます。
つまり、治療の第一段階は「弁証」を立てることから始まります。
その「弁証」を立てる手段が『四診』と言われ、現代医学の検査と同様のものです。
『四診』とは「望診」「問診」「切診」「聞診」の総称です。
①「望診」とは、患者さんの顔色や舌の状態みて疾病の状況を判断するものです。
(舌の形状や苔の具合で寒熱や活力量の過不足などを判断します。)
②「問診」とは『四診』の中でも重要な診察法で、患者さん本人や付き添いの方に病気のことは勿論の事、生活状況・家庭環境・性格・睡眠状況・など様々な質問をさせて頂き、そこから疾病の状況を判断するものです。
当院に来院された患者さんはお気づきだと思いますが、当院においても「問診」は重要視しており、初診時には「問診」のみに30分位 かける事も珍しくありません。
③「切診」には〈脈診〉と〈按診〉があります。 |
||
|
1) |
〈脈診〉とは脈拍を診察することですが、現代医学の〈脈診〉と、我々の〈脈診〉とでは内容がやや違います。 我々の脈診は脈拍数や不整脈の他に、脈の強弱・浮き沈み・太い細い・脈の触れ方、などを観察します。 それにより、体の活力具合・体の寒熱などを見極めます。 |
|
2) |
〈按診〉とは患者さんの皮膚・手足・胸腹部などを、撫でたり・押したり・触ったりして、しこり・圧痛・温度・湿り気などを観察します。 |
④「聞診」とは、患者さんの発する声や臭いから、患者さんの疾病の状況を判断します。
上記に挙げた4つの診断法は独立するものではなく、これら全ての方法により情報を収集し、総合的に患者さんの体の中でどのような歪みが生じているのかを振り分けます。
このようにして振り分けられたものが、先程紹介した「弁証」です。
では実際にどの様に『四診』が行われ、どの様に「弁証」を立てていくのかをシュミレートしてみたいと思います。
今回は「突発性難聴Ⅰ」の四診をシュミレートしてみたいと思います。
皆さんにはできるだけ理解していただけるように、東洋医学の基礎的な理論についてと突発性難聴についての詳しい説明が、こちら『病気別 ・わかる東洋医学診断』の「わかりやすい東洋医学理論」と「突発性難聴について」に記載されておりますので、そちらを先にお読みになられてから、この後をお読みになることをおすすめいたします。
◇ 問診シュミレーション◇
では早速シュミレートをしてみたいと思います。
初診の患者さんは先ず問診表を書いて頂きます。
問診表には現在の病状を書いていただく箇所と、普段の生活・めまい・耳鳴り・のぼせ・・・・、などの有無を答えていただく質問表があります。
質問表は患者さんの症状により、上記の質問の他に20~60位の質問が追加されます。
これらの質問にチェックを入れていただく事により、問診を行う前に治療者は現在の患者さんの病状に加え、患者さんの体質を大まかに把握することができます。
中医学では患者さんの体質を把握するということは、現在の病状を把握することと同等に重要な事だと考えております。
なぜなら中医学は病気を診るのではなく、病人を診る医学だからです。
例えば、風邪という病気は1つしかありませんが、風邪をひいた人(病人)となるとその人の体質に風邪が入っているわけですから、体質+病気=病人、となります。
中医学は病人をみる医学ですから、同じ風邪をひいた場合でも、体質が違えば弁証や治療法が変わってくるのです。
また、中医学では、風邪をひきやすい体質の方であれば、風邪の症状が治まっただけでは完治とは言いません。
このような患者さんの場合で、風邪の症状が辛い時は、先ず、「標治法」と言って風邪の症状を治める治療を行い、ある程度風邪の症状が治まってきた段階で「標治法」から「本治法」に切り替えます。
「本治法」とは風邪をひき易い体質から風邪をひき難い体質に改善します。
そしてこの体質の改善が終了して初めて「根治」といって、いわゆる完治となるわけです。
以上のことから、治療者にとっては患者さんの体質を知るということはとても大事なことなのです。
さて、問診表に質問表が付属しているのにも理由があります。
冒頭でも述べましたが、「問診」は「四診」の中でも重要度が高い診察の一つです。
当院でも「問診」にはかなりの時間をかけております。
問診の前に治療者が患者さんの体質を大まかに把握できることにより、問診時間の短縮が可能となります。これは質問表にあった質問を問診時に省くとういうことではなく、質問表をもとに更に深い問診が可能になるということです。
患者さんは何らかの不調があって来られているのですから、問診は出来るだけ短く、正確に、より深く行うのが我々治療者の努めなのです。
さてシュミレーションに戻りましょう。
Ⅰ、治療者は問診に入る前に問診表と質問表に目を通します。
問診表には以下のことが書かれてありました。
A子さん 女性 29歳 主婦 初診:H19年10月10日
【主訴】
3週間前、朝起きたら左の耳が聞こえづらくなっていた。
直ぐに耳鼻科へ行ったところ寝不足による「突発性難聴」と言われ飲み薬を出してもらったが、なかなか以前のように戻らない。
次に質問表を見てみると
ストレス多い・食欲無し・頭痛あり・めまい・便秘傾向
などにチェックがありました。
Ⅱ、問診表に目を通し終えたら、患者さんに問診室へ入ってもらいます。
A子さんが入り口から入ってまいりました。
椅子に腰を掛けていただき挨拶を交わしました。
体型や身のこなしからは特に異常は感じられず、声にも力が有り年相応の、いたって普通 の女性です。
次に顔などを観察すると、顔色が全体的に赤味をおび、眼もやや充血しているようです。
又、表情からは少し神経質な印象を受けました。
体臭や口臭は無いようです。
治療者は患者さんが問診室へ入って来る時から先ほど説明した
「望診」と「聞診」を開始しており、患者さんから発せられる情報を得ております。
具体的には体型・身のこなし・顔色・顔から受ける患者さんの気質などチェックしています。
更に患者さんの発する声や臭いにも気を配っています。
さてここで、治療者が問診表に目を通してから患者さんが問診室の椅子に腰掛けるまでに治療者がどの様な事を考えていたのか、頭の中を覗いてみましょう。
【1-1問診表】
先ず問診表を見て患者さんの主訴が「突発性難聴」であることを確認すると、突発性難聴を引き起す原因と特に関係の深い臓腑について、中医学的に何があるのかを考えます。
先ず原因となるものには、ストレス・怒り・思い悩み・偏食・長患い・疲労・老化・過度な性行為や自慰行為、などが考えられます。
次に関係のある臓腑は「肝」「腎」「脾」「胃」などが挙げられます。
ところで、中医学では一般的に病気を「虚証」「実証」「虚実挟雑証」の3つに大きく分類します。
「虚証」とは、もともと患者さんが病気の原因となるものと戦うエネルギーが不足していて、抵抗力が無く発病してしまうものをさします。
例えば、周りの人は気にもとめない、ちょっとした気候の変化でも体調を崩してしまうような方の病証が当てはまります。
「実証」とは「虚証」の逆で、病気の原因となるものの勢いが強く、抵抗力のある人でも発病してしまうものをさします。
例えば、普段から抵抗力がある方がインフルエンザなどの流行性感冒などの感染などがあります。
「虚実挟雑証」とは「虚証」と「実証」が混ざっている病証を言います。
さて、「虚証」と「実証」では原因から病気の成り立ちや特徴に大きな違いがありますので「虚証」と「実証」の判別 はとても大事なことと同時に、その後の問診時間の短縮に繋がります。
ですから、問診の初段階では病気の原因追求と虚実の判別をしていきます。
ではもう一度、問診表を見てみましょう。
問診表から得られる患者さんの情報は、
①3週間前の朝に発症。
②患部は左の耳。
③病院では寝不足による「突発性難聴」と言われた。
④飲み薬を出してもらったが、完治していない。
⑤年齢
⑥専業主婦
この中で治療者が先ず気にとめたのは①③⑤⑥です。
① 3週間前の朝に発症
先程「虚症」と「実証」の説明をしましたが、「実証」の特徴の1つに発症が急であるというのがあります。
反対に「虚症」は徐々に発症する特徴があります。
問診で患者さんに発症した日時を伺うと、「実証」の患者さんは急に発症しているため、発症日時を記憶していることが多く、逆に「虚症」の患者さんは日時を特定できず「だいたい○○頃」とか「気付いたら発症していた」とお答えになる方が多いのです。
A子さんの場合は3週間前の朝と、かなりピンポイントで限定していることから、急な発症と考えられるので、「実証」の可能性が覗えます。
更にもう1つ発症してから初診日まで3週間あるということは、その3週間の間の症状の変化などがあれば、そこから「虚・実」や「原因」の情報が得られる可能性があるということです。
これは問診時に必ず質問しなければならない項目です。
② 病院では寝不足による「突発性難聴」と言われた。
冒頭でも述べましたが中医学は「病気」ではなく「患者」さんをみる医学です。
何故、A子さんが寝不足になったのかまでを追求する必要がありそうです。
もしかすると、そこに「突発性難聴」の原因が隠れているかもしれません。
⑤ 29才ということですから、病気の原因から「老化」を外す事ができます。
⑥ 専業主婦の方の中には外界との接触が著しく希薄となり、家事や育児が通 常の主婦の方より過度なストレスとなる方もおられます。
次に質問表を見てみましょう。
【1-2質問表】
この質問表では、主に患者さんの体質や現在現れている病状の性質を、大まかに掴むことができます。
勿論、患者さんによって詳しく書いてくださる方や、そうでない方もいらっしゃいますし、体質が現在の病状に隠されてしまい、患者さんの体質がわからない場合などもありますので、必ずしも質問表で体質や現在現れている病状の性質がわかるものではありません。
さて、それでは質問表のチェック項目を見てみると、「ストレスが多い」「食欲不振」「頭痛」「めまい」「便秘傾向」などにチェックがあります。
『ストレスが多い』
「ストレス」は「突発性難聴」の原因になりますので、後ほど問診で詳しくチェックしなければなりません。
『食欲不振』
食欲については、中医学では一般的には「脾・胃」の状況を表わす指標の1つになります。
「突発性難聴」は「脾・胃」が関与するケースがありますので、これも問診でチェックする必要があります。
『頭痛』
「頭痛」はストレス・怒り・偏食・外傷・疲労・・・・・、その他にも様々な原因によって起こりますので、これも後ほど詳しく質問しなければなりません。
『めまい』
「めまい」もストレス・怒り・老化・疲労・偏食、など様々な原因がありますので、これも後ほど詳しく質問しなければなりません。
『便秘』
便秘の原因には辛い物の食べ過ぎ・ストレス・エネルギー不足(気虚)・長時間同じ姿勢で座った、などがあります。
「突発性難聴」の原因と同じものが幾つかあります。
こちらも後ほど問診でさらに詳しく質問してみましょう。
問診表と質問表からは病気の虚実や原因について、決定的な情報はありませんでしたが、弁証を立てるに当たり質問しなければならない重要な症状が、いくつもありました。
治療者は以上の事を頭に入れて四診を開始します。
【2-1入室~着座】
患者さんが入室してきた時から「望診」と「聞診」は始まります。
ではこの患者さんの場合はどうだったでしょうか?
体型・身のこなし・声質については特に特筆する点はなかったようです。
又、体臭・口臭も無かったようです。
ただ、顔については少し気になる点があったようです。
① 顔色が全体的に赤い・眼の充血。
ストレスによって肝が損傷を受けて、体内で熱が産まれると起こる症状です。
肝が損傷され、気の流れが滞って起こる「突発性難聴」の患者さんの特徴です。
② 神経質な表情。
性格が神経質の患者さんの中には、「肝」や「脾・胃」を損傷させておられる方が多いようです。
さて、問診表・質問表に目を通して、今までの「望診・聞診」などの結果 からは、わかったことをまとめてみましょう。
=問診表でわかったこと=
①、 主訴は「突発性難聴」
②、 「実証」の可能性がある。
③、 「寝不足」が関係しているかもしれない。
④、 病気の原因から「老化」は外せる。
⑤、 過度なストレスを受けている可能性がある。
=質問表でわかったこと=
随伴症状には、ストレスが多い・食欲不振・頭痛・めまい・便秘傾向、などがあります。
これらの症状を引き起こす共通の原因として考えられるものとしては
① エネルギー不足 ②ストレス などが考えられます。
=望診・聞診でわかったこと=
顔色が全体的に赤い・眼の充血・神経質な表情。
これらからはストレスの影響の可能性と、損傷を受けている臓腑には「肝」や「脾胃」の可能性があることがわかります。
以上をまとめると、A子さんはかなり強いストレスにさらされている可能性が高そうです。
又、損傷を受けている臓腑は今のところ「肝」「脾」「胃」の可能性があります。
「虚・実」の判別は、今のところ「実証」の可能性が高そうです。
次に「実証」の可能性が出てきたところで、「実証」の場合、その原因となるもは
① ストレスや怒りによって気が滞っておこるタイプ
② 過度の飲酒や偏食により、体内の不要な水分が熱化しておこるタイプ
以上の2つのタイプがあります。
これ以降の問診では、これらについても質問する必要があります。
又、「虚証」の場合、その原因となるものの多くは、「腎」「脾」「胃」などの臓腑のエネルギー不足から起こります。
今の段階では、損傷を受けている可能性のある臓腑は「肝」「脾」「胃」ですから「虚症」や「虚実挟雑」の可能性もまだ残っています。
今の段階では、まだ弁証を立てる程の確定的な情報を得ておりませんが、問診する上ではある程度の方向性が見えてきました。
それでは、問診の様子を見てみましょう。