椎間板ヘルニアとは、その名の通り、脊椎の間にある椎間板に問題があって起こる病症です。
○自覚症状○
主に腰から足先にかけての痛みやシビレで、下肢の皮膚感覚が鈍い、座った状態から立ち上がるのが辛い、筋力の低下、排尿障害などをおこす事もあります。咳・くしゃみで痛みが強くなったり、前かがみの姿勢になると痛みが増すなど、体位 を変えると変化があります。
《西洋医学的考え方》
椎間板とは、脊柱を構成する骨と骨の間にある柔らかいクッションのような役目をする軟骨のことです。例えていうなら、おまんじゅうを平たくつぶしたような形をしており、まわりの皮の部分を繊維輪、あんこの部分を髄核といいます。ヘルニアは、この髄核が何らかの原因により突出してしまった状態をいいます。その突出部が、脊椎の脇を通 る神経を刺激して痛みやシビレをおこします。
○椎間板ヘルニアの原因○
中腰で重たいものを持ち上げた、スポーツで腰を強くひねったなど、背骨に負担がかかった事等がよく知られていますが、その背景として椎間板や骨の老化・姿勢の悪さなどがあり、思いあたる原因がなくてもおこります。
○治療方法○
・急性期は、消炎・鎮痛剤や筋弛緩剤を内服し、除痛を図りながらコルセットなどで固定し、安静にします。同時に、痛みのコントロールとしてブロック注射を行う事も多いでしょう。 急性期を過ぎると、温熱療法・低周波療法・ストレッチなどの指導がなされます。
・多くは、これら保存療法で改善される場合が多いのですが、急性期が過ぎても症状が残存する場合は牽引療法を行って様子を見ます。
・排尿排便障害がある場合は手術の適応になります。
《中医学的考え方》
中医学では、椎間板ヘルニアに相当する病名はありません。なぜなら、西洋医学と中医学は病気の捉え方・考え方が違うからです。西洋医学では、目に見える症状を中心に考えますが、中医学ではその症状が起きる背景・つまり身体のバランスがどのようにくずれたのかを中心に考えます。
たとえば、桜に害虫がついて葉が枯れてしまった様な時、害虫の駆除剤を噴霧するのが西洋医学です。中医学では、なぜ害虫がついてしまったのかを考えてから、木に薬を使う事もあれば使わない事もあります。
木の生命力そのものが、弱って要る場合は害虫がつきやすくなります。木の栄養源である水や光や土は十分なものだったのか、栄養が十分でもそれを木全体に巡らせる幹に問題はなかったのかなど、全体の状況に応じて手当てをしていくのです。
中医学では『人間も、大いなる宇宙と影響しあいながらバランスをとって生きている生命体のひとつ』であり、身体内部も小宇宙であって、『いろいろな臓器がバランスをとりあい、外界の変化に適応しながら生命を維持している』と考えます。
病気の背景には、まず何らかのバランスの崩れがあり、その後から症状がでると考えますから、病気の症状は同じでも原因はさまざまであり、治療法もおのずと変わってきます。治療をする時には、そのバランスの崩れを整えていく事を念頭に考えながら、表面 的な痛みなどの症状をとっていきます。
では、どのようにしてそのバランスの崩れをつかんでいくのでしょう。西洋医学的な検査ではデータとして出てこないかもしれません。その説明をするには、まず、中医学の生体観についてお話しておきましょう。
中医学では身体を構成し、生命活動の源として働くものは『気・血・津液』であると考えています。
気というのは、気持ちの気と同じような意味合いもありますが、中医学では、活力という意味であり、血脈の流れを推進したり、臓器組織の活動を促進したり、人体を栄養する作用もあると考えます。
血は血液という意味よりも広く考えて全身を栄養するだけでなく、精神活動も支えています。
津液は身体をうるおす水分の事です。これらは飲食から得られ、臓腑で消化吸収して作られていきます。
気・血・津液は『経絡』という、人体の上下・内外を貫く道筋によって流れ、全身を栄養したり、臓器の機能を調節したりしています。健康な状態では、経絡は全身を滞る事なく流れています。
これらのどこかに問題がおこることにより、身体のバランスが崩れます。そしてその微妙な崩れは、日頃の体調(食欲・排尿・排便・睡眠・疲労感・主訴以外の症状)などに現れますし、他覚症状としては、顔色や脈状・舌の色や形にも現れてきます。ですから、それらすべてを総合し、その人全体をとらえて、どのように治療したら良いかを決めていくのです。
経絡の流れを良くしてあげる事は、身体機能のバランスをとり、健康な状態に近づけることにつながりますから、治療においては、ただ単に痛みのある部位 だけではなく、経絡上で、その流れを良くしてくれる作用のある穴や、滞りを除いてくれるような穴も使っていきます。穴にはそれぞれ特性がありますから、その詳しい効能を考慮し、効果 的な組み合わせを考える事も大切です。腰痛の治療にも、手足の穴を使いますし、特効穴が手にあったりするのは、そういった理由からです。
その人の体質によっても、施術の方法は違います。鍼の刺激に強い人・弱い人、冷え性の人・のぼせがある人等、さまざまな基本体質があるのですから、オーダーメイド的な治療になるのは当然でもあります。
治療を続けるうちに、1番問題となっていた症状がとれていくだけでなく、身体全体が元気になっていき、やる気が湧くようになった・風邪をひきにくくなった・などという声をよくきくのは、このように個人の身体全体を大切にした治療をするからではないでしょうか。
さて、椎間板ヘルニアの話に戻りましょう。
○椎間板ヘルニアの症状と病因○
自覚症状は最初にあげた通りですが、他覚症状として、舌質は青紫色、オ斑・オ点があることもあり、脈は渋脈、痛みが激しい時は弦脈・緊脈も現れます。
病因の多くは、血が腰背部の経脈に停滞しておこる気血の運行障害です。発症の原因はさまざまです。
ヘルニアという症状がでる背景について、腰痛の原因分類からみてみます。
腰痛の病因は、大きくわけてまず風寒湿・風熱湿など外邪による腰部の経絡の滞り、それから高齢や元気不足、長期間の不適切な仕事による慢性疲労、捻挫・打撲など外傷による腰部の気血の運行障害、などが考えられます。
また、その根底に、『腎虚』と言って、先天の精・つまり、持って生まれた元気の元のような活力が衰えていることが考えられます。中国古典に「腎は腰の府。腎は骨を主り、髄を生じる」とあり、『腎』は腰の状態にとても関係深い臓器です。また、中医学では腎は骨の働きを管理する役割もありますから、骨の病には、腎のエネルギーを調整する手当ても必要になってきます。
○治療方針○
根本の問題である「血の滞り」をなくし、気血の流れをよくしていきます。腰背部の経絡の流れをよくする作用を持つ穴は、腰にもありますが、手の甲や、下腿にもあります。
血の滞りを起こした痛みの原因が風寒湿熱などの邪気がはいったものであれば、その邪気を払い追い出すような穴を使いますし、慢性疲労であれば元気のでるような穴もつかいます。
また「腎」の力を補い、腎の働く力を養うような治療も加えていくと、腰部や骨の働きが良くなるだけでなく、身体に活力が湧いて元気になり、病気が再発しにくい身体づくりが出来ます。
もし、痛みが激しい時は、まず痛みを軽くして、根本治療と平行して行います。
鍼で痛みがとれるの?と思う方もいらっしゃいますが、現在の日本でも鍼麻酔といって鍼で麻酔をかけ、歯科治療や無痛分娩なども行われているくらいですから、鍼の沈痛効果 は確かなものです。
鎮痛剤を使うのとは違って、胃の調子を悪くすることもありませんし、自然治癒力を強めることにもつながりますから、安心して続けることが出来ます。
ただ、気をつけて頂きたいのは、ひとくちに鍼灸治療と言っても、施術方法は多種多様で、表面 的な痛みだけにしか目を向けない治療家も多いという事です。特に最近の日本では、世界的レベルからみて、残念ながら、かなり劣っており、「治療」ではなく「癒し」しか目的としない治療院が乱立しています。表面 だけ癒す事は出来ても、それは治療とはかけ離れたものです。治療院の選択は難しいと思いますが、とにかく、事前に治療内容を調べ、電話やメール等で相談をしてから治療に行く事をお勧めします。
鍼灸の治療とは、やはり、伝統医学の根源である「中医学の治療原則」を基本にして初めて、その本当の治療効果 が活かされるものです。身体的にも精神的にも全体的に調和し、バランスがより良くなっていく中医学的治療は、本当に奥が深く、素晴しいものです。また、ここでの治療は、さらに、日本人の繊細な体質にあうように考えられていますし、事前に良く説明もしていますので、安心して治療を受ける事ができます。
○日常生活での養生法○
一度ヘルニアになってしまうと再発する事が多いので、治らないと思っている方もいらっしゃいますが、 日常生活で養生することで、再発は防ぐ事ができます。
背骨に無理な負担をかけない事が基本ですから、良く知られているのは、重たいものを持ち上げる時に、一度しゃがんでから物を持ち抱え、足の筋力を使って立ち上がることですね。この他、日頃の姿勢に気をつけることも大切です。立っているときには両足に均等に体重をかける・座っている時にはなるべく足を組まない・歩く時にも姿勢良く・荷物を片側の手ばかりに持たないで時々持ちかえる・等です。
それから、なるべく規則正しい生活をすることも大切です。睡眠不足など、無理をして疲労をためてしまう事も、食事の時間や量 が乱れて胃腸の調子をくずしてしまう事も、皆、「腎」の活力を消耗する事につながり、結果 的には腰痛を起こしやすい状態になってしまうからです。要するに、中医学的考えにおいては、腎の臓器に負担をかけない事が、腰痛予防にもつながるのであります。
また、痛みが激しくなってしまう前に、その前兆のような不快感があったら、早めに鍼灸治療を受けられることをお勧めします。中医学における鍼灸治療は、予防医学でもありますから、ヘルニアの再発を予防する事が出来ます。先にお話しました「身体のバランスの崩れ」を症状が出る前に整えてしまえば、痛い思いをしなくてすむわけです。これを『未病治』といい、中医学においては、とても大切な事と考えられています。
身体全体の調和と生命の活力を育む中医学的治療は、身体に無理なく、適切な部位 に、適度な刺激を与えて、人間本来の持つ自然治癒力を高めていきます。宇宙全体に広がるような、大きな優しさのあふれる健康法に、是非一度ふれてみて下さい。
ご質問等ございましたら、お気軽に当院までご相談ください。