不正出血とは、月経以外で膣や子宮などから出血することを言います。大きく分けると機能性出血と、器質性出血の二つに分類されます。
機能性出血とは子宮や膣などその組織自体に異常はみられないが、正常な月経以外で出血をおこすことを言います。多くは、ストレスや不規則な生活、また過度のダイエットなどによって女性ホルモンのバランスが崩れ、不正出血をおこすと考えられています。婦人科で検査をしても子宮などに異常は無いが、月経が長引く、または経血量 の急激な増加、月経周期が短い…などはこの不正出血に含まれます。
器質性出血は、子宮がん・子宮筋腫・子宮内膜症・膣炎などの炎症性疾患が原因でおこる不正出血です。特に不正出血は子宮がんの初期症状でもあります。検査をしなければ、炎症や器質的異常の有無はわからないので、月経の乱れが続く場合は、早めに婦人科を受診されることをお勧めいたします。
<中医学による考察>
一般に現代医学で「不正出血」と総称される女性の月経期間以外の陰道内出血、及び月経後に出血が続くものを、中医学では「崩漏」あるいは「崩漏下」と言います。
崩漏は、急激に大量の出血がおこる「崩」、だらだらと少量の出血が続く「漏」に分けられます。この「崩」と「漏」は時に相互転化をおこします。「崩」が長引いて気血を消耗すれば「漏」に病証が移行し、逆に「漏」から出血量 が次第に増加して「崩」の状態に移行することもあります。
この「崩漏」のおこる背景には、衝脈・任脈という経絡の損傷と、それにともなう固摂機能の失調が深く関わっています。女性の生殖機能を主る臓腑の考え方と「衝脈」・「任脈」を軸に、中医学的考察を次に示します。
○中医学のいろは・1○
中医学では、人間のからだを構成し、生命活動を維持する基本物質を「気・血・津液」と呼んでいます。
「気・血・津液」は、五臓六腑―〔五臓〕肝・心・脾・肺・腎〔六腑〕胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦―の働きにより、飲食物から得た水穀の精微をもとに作られ、からだのすみずみまで運ばれます。臓腑は自らの役割を果 たすのみにとどまらず、他の臓器とも協力して機能を果たしています。臓腑や器官、組織がそれぞれ円滑に働き、「気・血・津液」が充分にあって、かつ、流れがスムーズであれば、病気からからだをまもる「正気」が働いて病気にかかりにくなりますが、何らかの原因で臓腑の機能が損なわれ、「気・血・津液」の不足や停滞がおこれば、健康は脅かされてしまいます。
一個の「統一体」としてのからだの働きに注目し、目には見えない「気・血・津液」の状態や、臓腑の働きに重きをおく中医学の治療は、検査数値で異常がない=健康とする西洋医学的な観点を離れ、何よりも一人一人のからだの「性質の変化」を優先しています。
○中医学のいろは・2○
経絡とは気血がめぐる通路です。体内では臓腑と臓腑、あるいは臓腑と器官をつなぎ、体表では皮膚をはじめ骨・関節などとも繋がっています。このように経絡は全身に分布して、網の目のようにネットワークを広げ、この経絡を流れる「経気」を仲立ちとして、臓腑や器官、組織は互いに連絡し合い、有機的に機能し合っているのです。
この経絡のなかで、縦に流れる主要な脈を経脈と呼びます。経脈には、特定の臓腑と直接繋がっている十二正経(※経絡の根幹をなす)と、属絡する臓腑を持たない奇経八脈、さらに十二経脈から分かれ、深部を走る十二経別 があります。
「衝脈」・「任脈」はともに奇経八脈に含まれ、属する臓腑はありませんが、どちらもその走行は会陰部に起こって腹部を通 り、直接子宮と連なることから、婦人の月経や妊娠と深く関わっているのです。
○中医学のいろは・3○
前述したように、「気・血・津液」は中医学の中で人体を構成する代表的な物質ですが、その他では「精」があります。
「精」は人体の機能活動全てを支える根本的な物質であり、先天の精と後天の精の区別 があります。
先天の精は、両親から受け継ぐ生殖の精で、五臓のうちの腎に蔵されて、生殖や発育を主ることから、「腎精」とも呼ばれます。一般 に狭義的に精という場合は、この腎精を指します。両親の先天の精が交わって受胎すると、先天の精は胎児の腎に蓄えられて(これを“腎は封蔵を主る”という)、腎精となります。青年期になると、腎の精気は生殖の精である「性ホルモン」を産生し、性器を発育させて生殖能力を高め、男子には精子の産生を盛んにし、女子には月経を開始させるのです。
この腎精は物質であるため、発育や成長で使用されれば消耗してしまいます。両親から受け継ぐ先天の精は、一度生まれ出てしまえば、それ以上直接受け取ることは出来ません。そこでもう一つの精、「後天の精」が重要な働きを担うのです。
後天の精は、脾胃の働きにより飲食物から化生された栄養豊富な物質で、全身の臓腑組織にゆきわたり、人間の生理作用を円滑に行うためのエネルギー源となっているものです。この後天の精をもとに、「気・血・津液」の多くは作られています。このように、後天の精は日々人間が生きていく為のエネルギーとなる一方で、その一部は腎に運ばれ、腎精へと化生されます。発育・成長の過程で消耗を続ける「腎精」を補う大切な役割を果 たしているのです。
この他に、精が不足すると「血」が「精」に変化して精を補充しています。反対に「精」が主る骨は「髄」を生じ、この「髄」によって「血」は化生されることから、「腎精は血を化生する」と呼ばれています。この両者の関係を「精血同源」と言います。
<中医学による生殖機能の考え方>
胞宮(子宮)は月経と胎児を育むことを主っており、その機能は腎気の盛衰・天き(人体の成長・発育・生殖機能を促進する物質)の分泌の度合い、衝脈・任脈の気血の状態と密接な関係があります。
※ 腎には、両親から受け継がれた腎精(中医学のいろは・3参照)と、腎精が気化してできた腎気があります。このほか、両親より先天の陰気と陽気が継承されており、先天の陰気は腎精とともに体の火照りをとる力を形成し、先天の陽気は腎気とともに体を温める力を形成しています。腎気は、蔵精・封蔵・気化の作用を持ち、腎精を貯蔵したり、脾より運ばれた後天の精を貯蔵し、腎精に化生する働きを主っており、腎陽はからだを温める作用に優れ、全身を温めて体温を維持したり、熱エネルギーを産み出しています。
腎は精を蔵し、生殖を主り、天きの源であります。そして、衝脈・任脈(あわせて衝任)の本となり、胞宮が胎児を養うことに深く関わっています。腎気が充実し、腎の陰陽が平衡を保つことによってはじめて、天きは分泌されて胞宮に至り、衝任脈は通 じ、精血は胞宮に注入されて月経に変化し、胞宮は懐胎が可能となります。
肝は、血を蔵し、疏泄を主っています。(疏泄とは、気血の流れをスムーズにすることを言います)肝の蔵血と疏泄の機能によって、胞宮の血を蓄え、溢れさせる機能が持続的になされ、月経は規則的に来るよう調整されます。
脾は、胃や小腸、大腸を含めた飲食物の消化吸収に関わるすべてを管理し、水穀の精微から「気・血・津液」を作ります。この作用が失調すると、食欲不振・腹部のもたれ・食後倦怠感や眠気・軟便・下痢・むくみなどの症状があらわれます。
脾胃は後天の本であり、気血生化の源であります。規則的な月経や胎児の栄養、乳汁の分泌には、脾の化生する気血が旺盛か否かに関わっているのです。
また、気の固摂作用(出血や汗がダラダラと出るのを抑える。尿、精液、帯下などの過剰な排泄を防ぎ、内臓が下がらないように一定の位 置に保つ)によって、脾は血が経脈を流れる際に、脈外に漏れださないように監督して、血の漏出を防いでいます。これを「脾は血を統す」といいます。規則的な月経を保つことに、脾の統血作用は不可欠なのです。
ではここから「衝脈」・「任脈」の話に入ります。
「衝脈」は子宮から出て、腹部・胸部の正中線の左右両則に沿い、上に向かって走る経絡で、咽喉を経て口唇に連なっています。衝脈は「十二経の海」・または「血海」とも言われ、五臓六腑に連なる十二の経絡から集められた「血」をたくわえる「海」のような存在です。衝脈にたくわえられた「血」が妊娠時には胎児の栄養として使われます。中国最古の医学書の一つである〔黄帝内経(こうていだいけい)〕の「素問」には、「女性は十四歳になると腎の気が充実して衝脈が血で満たされるので、生殖機能を促進する発育物質{天き}が生まれ、生理が始まり、妊娠が可能になる」と記されています。このように「衝脈」は女性の妊娠・生理作用と深く関わっているのです。
また「任脈」は子宮から出て、腹部や胸部を通る正中線に沿って走る経絡です。「任」とは、妊娠あるいは妊養の意味で、子宮と直接つながり、衝脈同様、女性の生理や、特に妊娠と深く関わっています。中医学の陰陽学説では、からだの前面 である胸腹部は「陰」に、背部は「陽」に属すと考え、からだ前面の胸腹部を通 る「任脈」には人体の陰経の脈気が集まり、諸陰の海を為しているとしています。諸陰の中でも特に足三陰経とは、中極・関元で交会し、さらに足三陰経が全て少腹部を循行していることから、任脈がこれらを隷属させると考えています。
この二つの経絡はともに奇経八脈と呼ばれ、絡属する臓腑はありません。しかし、上記のように、「衝脈」・「任脈」はともに女性の生理・妊娠と密接に結びついており、「崩漏」を含め、中医学に於いて今日の婦人科疾患を治療する上では欠かすことの出来ない、重要な役割を果 たしている経絡なのです。
では次に、この「衝脈」・「任脈」が損傷され崩漏がおこる発生機序を、中医学の弁証により分類し、以下に示します。
○衝任不固○
平素から脾気不足であったり、あるいは飲食の不摂や疲労により脾気を損傷して、統摂機能の失調がおこる。あるいは、先天の不足や房事過多により腎虚精欠となり、封蔵を司ることができなくなって崩漏が生じる。
・主症
―
月経が頻発し経血量が多い。また月経期間が延長する。重症になると出血がたらたらと続く。経血の色(経色)は淡紅色でさらさらして薄い。顔色は白く、息切れ、倦怠感、食欲不振を呈す。腎虚精欠の場合は膝や腰がだるく、力が入らない。澄んで白色の帯下がみられる。
・舌診
―
舌質:淡 舌苔:薄白
・脈診
―
細弱
・治則
―
固摂衝任(脾虚の場合―加えて補中益気、腎虚の場合―温補腎陽)
○衝任失調○
① 鬱熱
―
ストレスなどにより肝の疏泄が失われ、肝気が滞ることにより、鬱熱が化火する。これにより肝の蔵血機能が失調して崩漏がおこる。さらにこの血熱が直接、衝任脈を破ることもある。
② 血熱
A:実熱
―
もともと陽盛の人が辛いものを食べ過ぎたり、外から熱邪を受けることによって実火が内生し、血を妄行させる。
・脈診
―
細弱
・治則
―
固摂衝任(脾虚の場合―加えて補中益気、腎虚の場合―温補腎陽)
B:虚熱
―
体質が陰虚であったり、失血や長期に渡る慢性病によって、腎陰の不足がおこる。陰虚によって相対的に内熱が発生し、虚火が妄動して精血を固守できなくなって崩漏がおこる。
③ 湿熱
―
甘いものや油っぽいものの過剰摂取や外感湿熱は体内にも湿熱を内生させる。この湿熱が下焦に留まり胞宮の血絡が損傷される。
④ 血オ
―
月経期や産後の悪露が尽きない時に、寒熱を感受したり、気鬱が長期間にわたると血オを形成して衝任脈が阻滞する。衝任脈が阻滞して、胞宮の循環が悪くなると、胞宮に終結した血液は経脈に戻れず、胞宮に蓄積する。血液の蓄積が過剰になると、急激に溢れ出して崩漏が起こる。
①肝鬱による崩漏
・主症
―
精神的刺激などにより誘発されて出血することが多い。経色は暗紅色で血塊がまじることがある。乳房の張痛、心煩、怒りっぽい。
・舌診
―
舌質:紅 舌苔:黄色
・脈診
―
弦数
・治則
―
調理衝任・疏肝理気
②血熱による崩漏
<実熱>
・主症
―
通常の月経期間でない時期に急激に出血がおこる。経色は深紅色、経質は粘り気があり、臭いが強い。口が渇いて水分を取りたがる。イライラ感や、心煩をともなう。便秘傾向。
・舌診
―
舌質:紅 舌苔:黄
・脈診
―
滑数 または弦数
・治則
―
調理衝任、清熱涼血
<虚熱>
・主症
―
少量の出血がだらだら続いて止まらない。または、虚熱が強くなると突然経血量 が多くなる。経色は鮮紅色で粘調。頬の紅潮や五心煩熱、口の乾燥感などを呈す。また、不眠や盗汗を兼ねることも多い。
・舌診
―
舌質:紅 舌苔:少苔または剥離苔
・脈診
―
細数
・治則
―
調理衝任、滋陰清熱
③湿熱による崩漏
・主症
―
月経期間以外の急激な出血、だらだらと出血していて、突然大量 に出血する。経色は暗紅色。臭いが強く、出血とともに濁った帯下、または黄緑色の膿様の帯下が出る。さらに陰部のかゆみと疼痛がある。(湿熱が下注し、陰部を犯す)
・舌診
―
舌苔:黄じ
・脈診
―
濡数
・治則
―
調理衝任、清熱利湿
④オ血による崩漏
・主症
―
月経が停止している期間が続いた後、突然大量 出血をする。または、出血後継続して「漏」状態となる。経色は紫暗色、経質は粘調で血塊がある。小腹部が痛むが、出血後は痛みが軽減する。
・舌診
―
舌質:紫暗色、あるいは辺縁や舌先にオ斑やオ点がある。
舌苔:薄白
・脈診
―
沈渋または、しょく脈
・治則
―
調理衝任、調血化オ
以上のように、同じ崩漏のようであっても、その性質や原因は様様です。特にストレスや不規則な生活、また、若い女性にみられる極端な痩せ願望は、女性のからだに多大な影響を与えます。不正出血だけでなく、月経周期の乱れ、月経痛などは、自分のからだが発する危険信号です。一つでもあてはまる方は、食事や生活環境を整え、養生に努めましょう。食事にあっては、まず、なま物や冷たい物をなるべく避けて下さいね。
また、不正出血が再三反復しておこる場合は、一度、婦人科を受診してみて下さい。
=本来の東洋医学の治療の姿に関して一言=
当院では局所治療に限定せず、あくまでも身体全体の治療・お手当てを目的としております。
例えば、ギックリ腰や寝違いといった急激な痛みに対して、中医鍼灸の効果 は高いですが、これも局所の治療にとどまらず全体的なお手当てを行なっているからなのです。
急性の疾患にせよ慢性の疾患にせよ、身体の中で生じている検査などには出てこない生命活力エネルギーのバランスの失調をさぐり見つけ出すことで、お手当てをしております。
ゆえに、慢性の症状を1~2回の治療で治すというのは難しいのです。
西洋医学で治しにくい病・症状は、中医学(東洋医学)でも治しにくいのは同じです。
ただ、早期の治療により中医学の方が治し易い疾患もございます。例えば、顔面 麻痺・突発性難聴・頭痛・過敏性大腸炎・不眠・などがあります。
大切なのは、あくまでも違う角度・視点・診立てで、病・症状を治してゆくというところに中医学(東洋医学)の意味合いがございます。
当院の具体的なお手当てとしては、まず、普段の生活状況を伺う詳細な問診や、舌の色や形などを見る舌診などを行い、中医学(東洋医学)の考えによる病状の起因診断を行います。これは、体内バランスの失調をさぐり見つけ出すために必要な診察です。この診察を踏まえたうえで、その失調をツボ刺激で調整し、元の良い(元気な)状態へ戻すことが本来の治療のあり方です。
又、ツボにはそれぞれに作用があり、更にツボを組み合わせることで、その効果 をより発揮させる事が出来ます。
しかしながら、どこの鍼灸院でもこの様な考えで治療をおこなっているわけではありません。一般 的には局所的な治療を行なっている所が多いかと思います。
さて、もう一点お伝えしたいことが御座います。
当院では過去に東洋医学の受診の機会を失った方々を存じ上げています。
それは東洋医学に関して詳しい知識と治療理論を存じ上げない先生方にアドバイスを受けたからであります。
この様な方々に、「針灸治療を受けていれば・・・」と思うことがありました。
特に下記の疾患は早めに受診をされると良いです。
顔面麻痺・突発性難聴・帯状疱疹・肩関節周囲炎(五十肩)
急性腰痛(ぎっくり腰)・寝違い・発熱症状・逆子
その他、月経不順・月経痛・更年期障害・不妊・欠乳
アレルギー性鼻炎・アトピー性皮膚炎、など
これらの疾患はほんの一例です。
疾患によっては、薬だけの服用治療よりも、針灸治療を併用することにより一層症状が早く改善されて行きます。
針灸治療はやはり経験のある専門家にご相談された方が良いと思います。
当院は決して医療評論家では御座いませんが、世の中で東洋医学にまつわる実際に起きている事を一人でも多くの方々に知って頂きたいと願っております。
少しでも多くの方に本当の中医鍼灸をご理解して頂き、お体のために役立てていただければ幸に思います。