鍼灸の治療では、頭痛の治療の時に合谷という親指と人差し指の間にあるツボに鍼を刺したり、胃痛などの消化器に関する治療の時に足三里という脛(スネ)のところにあるツボを使ったりします。
これらは、神経の走行(流れ)やホルモンの分泌によって治療されているわけではありません。痛みにかかわらず内科、婦人科、耳鼻科などを中医学で治療または予防養生する場合は、これからお話しする経絡の流れを利用して治療を行っているのです。
経絡は、それ自体は目に見えるものではないので、概念を理解するのは難しいかもしれませんが、中医学の理論の中でもとても重要な理論です。
経絡の経とは、「縦の方向」という意味があります。絡には「網」とか「ネットワーク」の意味があります。
つまり経絡とは、身体を縦に貫き、そこから網状にネットワークをつなげる通 路という意味になります。
最も基本的な作用としては、気血(気と血)の流れる通り道です。
経絡の作用には生理作用、病理作用、予防治療作用と3つあります。
○生理作用では、気血の運行、陰陽協調の作用と病邪から抵抗防御する作用があります。
①経絡は上下内外の身体中を網状に連絡している
経絡は人体の表裏(浅い所と深いところ)内外や上下左右を通り、身体周囲や前後を連絡します。
②経絡上に気血を運行させ、身体を栄養している
気血は経絡を通じ、五臓六腑、四肢から全ての骨、五官(目、耳、鼻、舌、皮膚)九竅(キュウキョウ:穴)、筋肉、脈、皮膚などの全身を栄養しています。
③陰陽のバランスをとっている
経絡が気血を全身に巡らせ、上下内外を正常に連絡することにより、身体の陰陽を組織的に統一しています。
④病邪から抵抗防御する
外感六淫(風寒暑湿燥火:気候、環境の影響)=外邪は多くは、皮膚から侵入し、経絡を通 じ徐々に臓腑を侵していきます。
経絡には、この外邪に抵抗し身体を防御する作用があります。
気の種類の中でも「衛気(エキ)」という気が身体表層部の引き締めをし、外邪からの身体の攻撃を防ぎます。
○病理作用では、身体の内外の邪気による病的変化を反映する作用があります。
病気の元である邪気もまた経絡によって伝達していきます。
中医学の病因は三因論といい、内傷七情(喜怒優思悲恐惊:心因的な影響)、外感六淫や、これら以外の不内外因(飲食不節、過度の労働や運動、安逸、外傷、寄生虫、房事過多など)により邪気が発生します。
これらの内外の邪気が経絡の流れに乗って身体中をめぐり、外から内へ、上から下などと発生した場所以外のところにも到達します。
例えば、冷たい風にあたってしまったのがきっかけで、腰が痛くなったり、お腹の調子まで悪くなったりするのは邪気が経絡に乗って腰や、お腹まで巡ることにより発生するものです。
○予防治療作用では、経絡に与えられた刺激を伝導して、虚実を調整する作用があります。
経絡上に鍼灸やマッサージを施すと、経絡系統に反応が起きます。この反応が病気のある所に伝導することにより虚実を調整し治療することができます。
鍼灸等の治療の時に、治療を受けている人は一種の感覚を受けます。この感覚は、だるい、シビレ、張る、冷たい、熱い、蟻が這う、または水が流れるなどと表現され、経絡に沿って拡散します。気を得ると書いて「得気(トッキ)」や「響き」と言われます。
また、この感覚は線状で、太さは粗い綿の糸ぐらいで、部位によって太さや深さに差があります。
※よく経絡の治療作用は神経や血流によって伝達するホルモンの作用と同じものと説明されることがあります。
しかし、伝達速度の説から見ると、この得気の感覚は10cm/秒の速度で伝達し、トゲが刺さった時に瞬間的に感じる痛みなどの感覚神経(体性神経)の速度(100M/秒)より遅く、また循環、呼吸、消化などの自律機能をつかさどる自律神経の速度(1M/秒)よりも遅く、血流によって作用するホルモンの作用速度(分単位 で作用)よりは速いことからわかるように、経絡とは神経、ホルモンの作用とは違うものです。また、この説の伝達速度からみると経絡は自律神経よりは細いと推測できます。
次に、経絡の分類についてお話します。
経絡には、それぞれ支配する器官によって経脈、経筋、皮部などいくつかの種類がるのですが、その中でも十二経脈という経絡が主体になります。十二経脈の「十二」という数字は十二ヶ月に対応し、人体と自然界が統一的に存在していることを示しています。
この十二経脈は内経(ナイケイ)という古典に「十二経脈は、内は蔵に属し、外は肢節と絡(まと)う」と説明されるように、十二経脈は、内は五臓六腑を連絡し、外は四肢や血管、筋、骨、皮膚などを連絡します。
十二経脈は十二正経とも呼ばれます。
○十二経脈について
①外行部分と内行部分
十二経脈は外行部分と内行部分に分かれます。
外行の流れは体表部に反映し、特有の経穴(ケイケツ、ツボ)を持ちます。
内行する部分は臓腑に連絡しています。
②陰と陽
この十二経脈は陰陽にも分かれ、手足でも分かれます。流れには一定の法則があり、手の三陰、手の三陽、足の三陽、足の三陰と4つに分かれています。4つに分かれている事もまた、自然界の四季に通 じているといえます。
陰経は「臓(肝、心、脾、肺、腎)」と連絡し、陽経は「腑(胆、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦)」に連絡します。
三陰と三陽は、陰陽の気の盛衰(量)によって、さらに3つに分けられています。
③三陰と三陽
陰気の最も盛んなものから順に太陰→少陰→厥陰(ケツイン)といいます。
陽気の最も盛んなものから順に陽明→太陽→少陽といいます。
④表と裏
この内の太陰と陽明、少陰と太陽、厥陰と少陽はペアとなっていて「表裏の関係」といい、経絡上で密接に連絡しています。
⑤経脈のつながり
十二経脈の流れは手の太陰から始まり、手の陽明に連絡し、足の陽明に続き、足の太陰に連絡し、今度は手の少陰につながり…と一つ一つの経脈が連絡し、全経脈をつないでいます。
⑥経脈の流れの方向
また経脈の流れには方向が決まっています。
手の三陰は胸、腹から指先へ、手の三陽は手から頭へ、足の三陽は頭から足へ、足の三陰は足から腹、胸へという方向が決まっています。
また十二経脈以外にも、奇経八脈、十二経筋、十二経皮、十二経別などの経絡の種類があり様々な場所で働いています。
このように経絡は上から下へ、外から中へ、表から裏へなど、身体中を連絡し生命活動に非常に重要な役割をしていることが分かります。
中医学に基づいた針治療で、内科、婦人科、泌尿器科、精神科疾患などさまざまな病気を治療することができるのは、経絡の作用と流注を正確に理解し、施術しているからなのです。